第7話:天使と二度目の夕食を食べた
「ただいま」
既に日は沈み、時刻は19時を少し過ぎた頃。
やっと明那に解放された朔は疲労困憊で自宅へと辿り着いていた。
あれは実に酷かった。
朔が服を選ぶ度に「なんか違う」とか「他のない?」と言われ続けるのだ。
ファッションセンスの欠片もないことは自覚している朔だが、そんなことを言われ続ければ流石に傷もつく。
結局、朔の努力の甲斐なく明那は一着も手に取ることなく帰った。
しかも、その理由が「そもそもあんまりお金持ってきてないんだよね」ときたものだから、完全に神経をすり減らし損である。とても悲しい。
「おかえりなさい!朔さん!」
「うん。ただいま」
リビングへ入ると、マリアが笑顔で出迎えてくれた。
すり減った神経に効く、まさに天使である。
「ごめん遅くなっちゃって。お腹空いたよね」
「いえそんなことは───」
『ぐうぅ〜〜〜〜〜』
「…………」
「…………」
静まり返るリビング。響き渡るお腹の音。
マリアが赤く染まった顔を伏せている。
いわゆる、お決まりのパターンというやつである。
「荷物置いてくるから少しだけ待ってて」
マリアが顔を伏せたまま小さく頷いた。
自室の中、紙袋を床に置いてリュックサックを適当に投げ捨てる。
「冷蔵庫に何が残ってたかな」
事細かには覚えていないが、最低限の食材はあるだろう。
簡単な料理は───。
☆
「いただきます!」
「はい。召し上がれ」
マリアが勢いよく手を合わせ、せっせとスプーンを口に運んでいく。
今日の料理はチャーハンになった。
冷凍ご飯といくらかの調味料さえあれば作れるコスパの塊のような料理である。
同じく楽に作れる料理としてはオムライスでも良かったのだが、昨日作ったばっかりので却下した。
オムライスが好きと言っていたマリアなら、連日オムライスだったとしても喜んでいたと思うけれど。
「朔さん!美味しいです!」
「それは良かった」
笑顔を浮かべながら小さく感嘆の声を上げるマリア。
ここまで喜んでくれると、料理人冥利に尽きるというものである。
「そういえばさっき何を持ってたんですか」
「ああ、あの紙袋のこと?」
もぐもぐと口を動かしながらマリアが首肯した。
「昨日『週末に買い物に行こうか』って話したでしょ?だからマリアの服を買ってきたんだ」
「私の服ですか!?」
「うん……」
マリアが食い気味にテーブルに乗り出してくる。
まさか服のデザインは自由に操れるから必要ないとか言い出さないだろうな。
マリアなら十分ありえるのが少し困る。
「嬉しいです!どんな服ですか!?今から着てみていいですか!?」
どうやら杞憂だったらしい。
目をキラキラと輝かせるマリアを見て朔は胸を撫で下ろした。
「今はダメ。明日のお楽しみね」
「そうですか……」
しゅんとテンションが下がるマリア。
テンションの上下が犬みたいで可愛い。
頭に獣耳が付いてたら、今はきっと力なく垂れ下がっているんだろうな。
そこで、一つ大事な問題を抱えていることに気がついた。
「ねえ、マリア」
「はい。なんですか?」
「頭の輪っかと背中の翼は隠せたりするの?」
「ハロと羽のことですね」
頭に浮かぶ天使の輪っかはハロと言うらしい。
ずっと輪っかと呼ぶのも忍びないので、名前を知れてちょっと嬉しかった。
「ちょっと失礼します」
「うん」
そう言ってマリアが席を立ち、スペースのある部分へ移動する。
「いきます」
目を閉じてゆっくりと深い呼吸を繰り返すマリア。
きっと深い集中が必要なのだろう。
朔は固唾を呑んで見守る。
───と。
「えい!」
そうマリアが意気込むと同時、ハロと翼が同時に姿を消した。
「おおっ……凄い!」
「えへへ。ありがとうございます」
朔は無意識ながらに拍手をしていた。
見ている側としてはよく分からないけど凄かった。
ただ、掛け声が気になる。
「はあっ!」とか「ふっ!」とかならば違和感はないが、「えい!」なのか。
マリアらしいといえばマリアらしいけど。
「それって何時間くらい隠せるの?」
「疲れるたりするわけじゃないので何時間でもできると思います。気を抜かなければ」
「そっか───ん?」
───気を抜かなければ?
とても心配な一言が付け加えられていたのだけれど、本当に大丈夫なのだろうか。
マリアがそれを言うと不安で堪らない。
「本当に大丈夫なんだよね?」
「気を抜かなければ大丈夫です!」
そこが一番心配なのだが。
「じゃあ明日は頑張ってね……?」
「はい!頑張ります」
非常に不安な明日である。
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