第8話:拾った天使とショッピングモールに行った(1)
「朔さん!準備ができました!」
リビングの方からマリアの元気な声が聞こえて
きて、廊下で待機していた朔はリビングのドアを開いた。
───時が、止まった。
腰程まで伸ばされた艶やかな金髪を背景に、慎ましくも華やかな純白のワンピースに身を包んだマリア。
まるでマリアの居る空間だけを切り取って異世界にでもなってしまったかのような、そんな美しさを纏っていた。
「───似合ってますか?朔さん」
僅かに頬を染めたマリアが上目遣いに朔を覗く。
が、硬直したままの朔を見て首を傾げた。
「朔さん?」
「あ、ああ!うん!凄くよく似合ってるよ」
「本当ですか!?」
えへへ、とマリアが嬉しそうに目を細めて身体を揺らす。
二度も名前を呼ばれないと気づかない程、朔は見惚れていたらしい。
朔にとってマリアはあまりに目の毒だった。
それは決して悪い意味ではない。強いて言うのならマリアが美しすぎるのが悪いのだ。
「朔さんもいつもと髪型を変えたんですね」
「マリアとお出かけをするわけだから、少しはちゃんとしないとね」
ファッションに明るくない朔には良く分からないが、なんか髪を掻き上げて流す髪型である。調べたら出てきた。
なるべく同級生にバレたくないのと、贔屓目に見ても目を惹くマリアの隣を歩く以上、少しでもまともな見た目にすべきだと思ったので頑張ってみた。
「朔さんもよく似合ってますよ」
「本当?ありがとう」
お互いに二の句が継がれず、見つめ合ったまま絶妙な間ができる。
先に朔が目を逸らすと、やはりいたたまれなくなったのか遅れてマリアが目を伏せた。
「……それじゃあ行こうか」
「……はい」
マリアの手を引いて、家を出た。
☆
マリアを連れて歩くこと数分。
ショッピングモールへの道程で、たまたまこの場所に通りすがることになった。
「ねえマリア。ここ、俺がマリアと出会った場所なんだけど覚えてる?」
「ちゃんと覚えてますよ」
事も無げに頷くマリア。そんなマリアに朔は微かな違和感を覚えた。
「よく覚えてるね。住宅街だからどこも似たような景色だし、忘れちゃいそうなもんだけど」
「朔さん……」
「どうしたの?」
突然、マリアの表情が曇る。僅かに歩幅も小さくなった。
「逆にあのダンボールの中に居て忘れると思いますか!?」
「え」
「やることもないからずっと周りをキョロキョロしてたんですよ!マリアはそれで忘れるおばかさんに見えますか!?」
「ごめんなさい……」
「はい」
マリアが頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
二人の間に静寂が訪れる。互いの足音だけが響いていた。
「と、とりあえずマリアはこの辺りの地理を覚えないとだよね。もし迷子になったりしたら困るし」
何とか話題を絞り出し、会話を続ける。
「それに、おいおいマリアにはおつかいとかも頼みたいからね」
「おつかい……!」
先程とは一転、目を輝かせるマリア。
マリアはとても気分が変わりやすいなと思う。
もちろん、その分かりやすさが可愛いいところではあるのだけど。
「因みにマリアはおつかいをしたことあるの?」
「ないです!自信もありません!」
「自信満々に言うことでもないと思うんだけどなぁ……」
自慢げに胸を張るマリアにツッコミつつ、今後の展望を考えていた。
天界におつかいというものが存在しないのか、マリアが箱入り娘なのか。
どちらにせよ、マリアがおつかいをしたことがないのには変わらない。
今後の生活を考えても、おつかいをできるようになってくれた方が助かるが、マリアに任せるのはとても心配である。
「いろいろ下界のことについて勉強しようね」
「はい!」
ふと気になって、朔はマリアに問いかけてみた。
「マリアはいつからあのダンボールの中にいたの?」
「そ、それは秘密です!」
慌てて食い気味に答えてくるマリア。
「そっか」
その珍しい反応に驚きながらも、朔はいつものように返した。
この道は朔の通学路である。登校時にはマリアがいなかったので、この場所に居たのはそれ以降ということになる。
そして、そもそも道端のダンボールに天使が居たならば騒ぎが起きないはずがない。
恐らく、朔がマリアと出会えた最初の人の可能性は高い。
こまめな移動を繰り返していたとしても、いくら天使のマリアと言えどお腹が空くのは人間と同じ。
ダンボールの他に生活の痕跡が見つからなかった以上、長期間放浪していたということもないだろう。
もしかしたら、マリアが天界から降りてきたタイミングに、ちょうど朔が通りかかったのかもしれない。
だとすれば、本当に奇跡である。
まあ、それが本当かは知る由もないのだけど。
「じゃあ天界って───」
「秘密です!」
「天使は───」
「ひ、み、つ、で、す!」
「分かったから」
マリアはどうしても天使や天界の関連について話したくないらしい。
天界で失敗して下界に降りてきたと言っていたし、触れられたくないのかもしれない。
ついにまたそっぽを向かれてしまって、今後は話題に出さないと誓った朔だった。
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