第6話:幼馴染と放課後デートに来た(2)

 明那の後ろを付いて行く形でアパレルショップへと入っていく。


 軽い動悸がするし、足取りも少し重い。


 朔の性格柄なのか、お店のオシャレな雰囲気にちょっとした抵抗感があった。


「その子の身長は何センチ?」

「え?」


 思いもよらぬ発言に朔は目を丸くした。


「買った服は人に渡すって言ったっけ?」

「じゃあ朔はレディースの服を額縁にでも飾るのが趣味なの?」

「決してそのような趣味は」


 朔がカタコト気味に返すと、明那が大きくため息を吐いた。


「さっさとやること終わらせよ。あんまりいい気分でもないし」

「えっと……ごめんなさい?」


 何か良くないことをやらかしてしまったのだろうか。


 機嫌が悪くなってしまったらしい明那に気を配りつつ、朔もマリアに似合いそうな服を探す。


「身長は150センチくらいだと思う」

「パーソナルカラーは?骨格は?スタイルは?」

「パーソナルカラー?」


 馴染みのない単語にオウム返ししてしまう。


 パーソナルな、カラー。個人の色?


「パーソナルカラーは肌色とか髪色とかその人が持つ色の雰囲気のこと。その人に似合う色合いがあるの。ブルベとか聞いたことない?」

「言われてみれば聞いたことあるような」

「そんなんだからいつまでたっても私服がダサいんじゃない?」

「痛い所を突いてきますね……」


 急所を突いた火の玉ストレートに思わず悶える。


 最近はお洒落に関して努力をしている分、かなりの致命傷だった。


「まあ、正直服に関してはパーソナルカラーなんてどうでもいいんだよね」

「じゃあなんで聞いたんだよ」

「参考にはなるから。それよりその子の見た目の方が重要。写真あるでしょ。見せて」

「あ……」


 そういえば写真は一度も撮っていなかった。


 まだ出会ってからたった一日だし、撮る機会も特になかった。


「無いな」

「本当に?その子とどんな関係?」


 やましい関係じゃないだろうな、そんな視線を向けてくる。


 やましいやましくないで言えば、全くやましくない。


 どんな関係か、と問われると答えるのが難しかった。


 実際、今のマリアとの関係はどう表現するのが正しいのだろうか。


 道端のダンボールに居たのを拾って、今は家に保護しています。


───やっぱりペットと飼い主なのでは?


 そんな詮無い思考は捨てて口を開いた。


「やましい関係ではないから安心してほしい」

「それはやってる人の常套句じゃない?」

「本当になんもないから」

「完全にやってる人だ……カツ丼食べる?」

「俺は冤罪だ。自白させようとするな」


 ここで明那が小さくため息を吐いた。


「どうせまた面倒事抱えてるんでしょ?朔はすぐ人の為に動くからね。自分に無頓着な癖に」

「明那さん、一言多いですよ」

「実際そうでしょ」


 肩を竦めて明那が続ける。


「抱えきれなくなったらあたしを頼りなよ。都合の良い女ってことで」

「言い方」


 誤解を招きそうな発言に朔は目を細くした。


「明那には昔から助けて貰ってるし、頼りにしてるよ。じゃなきゃこんなにずっと一緒に居たいと思わないし」


 紛れもない本心だった。


 言える事は言える時に言う。それが子どもながらに学んだ教訓だから。


「明那?」


 こっちを見つめたまま明那がフリーズしていた。


 刹那、我に返ったように動き出す。


「いや、なんでもないから。ちょっと考え事してただけだから」


 何やら動作が慌ただしいし、声も上擦り気味だ。


「本当に大丈夫か?春でも熱中症になるぞ」

「そういうとこだよね」

「何が?」

「直した方が良いと思わない?」

「だから何を!?」


 いつの間にか明那の調子が戻っていて、言葉のキレも十分だ。


「服選びに来たんでしょ。ほら、その子の雰囲気教えて」


 それでも、いつも通りというよりかはちょっとぎこちなく見えてならない。


 特に体調が悪いわけじゃないのならいいのだが。


「えっと……天使?」

「真面目に選ぼうとしてるあたしのこと馬鹿にしてる?」

「してないです。断じてそのようなことは」


 そんなこと言われたって困る。


 だって本当に天使なんだから。真面目に答えた結果である。


 天使って言って何が悪い。


「なんで顔を背けてるの」

「別に拗ねてなんかないですよ」

「あたしはそんなこと一言も言ってないですけど」


 このまま座り込みを決行したいところだが、手伝ってもらってる立場だ。


 朔は泣く泣く案を取りやめた。


「金髪のストレートロングで、肌白で、清楚系で……包容力があるけどちょっと抜けてて……」

「OK。何となくは」


 そう言って、明那が歩き出した。


 流石。頼りになる。


 程なく目的地に着くと、明那が指を差した。


「やりすぎ感あるけどこれでどう?」

「おお!完璧にそれだ……!」


 明那が手に取ったのは、余計な装飾のない綺麗な白いワンピース。


 マリアがこれを着た姿を想像するのは難しくなかった。


 要するに、良く似合ってると言えた。


「天使って言ってたし、朔が挙げた特徴を組み立てみたら天使っぽかったから白ワンピで」

「ほらやっぱり天使だったでしょ?」

「え、なんか根に持ってる?」


 根に持ってる訳ではない。決して気にしてなどいない。


「じゃあ次行こっか」

「え?とりあえず一着で大丈夫なんだけど……」

「朔、違うでしょ。」

「どういうこと?」

「次は───」


 小悪魔めいた笑みを浮かべて自分のことを指差す明那。


「───あたしのだよ?」

「ええ……まあ、分かった」


 僅かに困惑しながらも、朔は首を縦に振った。


 明那に恩があるのも理由としてはあるが、それ以前に断る理由が存在しなかったからだ。


「でも俺が居ても良いことないぞ?さっきいつまで経っても私服がダサいって言われたし」

「それはそれ、それはこれでしょ」

「どれはどれだよ」


 どこか良いように流されている気がしてならない。


「とりあえず朔にはあたしの服を選んでもらうから。分かった?」

「イエスマム」

「よろしい」


 朔は見た目から似合いそうな服を想像してコーディネート出来るほどアパレルマスターじゃないので、まずは店内を散策することにした。


「本当に選ぶのが俺で良いのか?明那ってオシャレだし自分で選んだ方が良くないか?」

「馬鹿だね〜朔君。朔に選んで貰うのが良いんだよ」

「そういうものなのか」

「そういうものだよ」


 嫌な予感がしなくもないが、今回は明那に流されてみることにした。


「───今日はお眼鏡にかなうまで帰さないからね?」

「イ、イエスマム……」


 背筋に冷たいものを感じながら、アパレルショップ内を進んでいく。


 今日は遅くなりそうだ。


 漠然とそんなことを思った。

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