第17話
忘れていた過去を思い出すためにカウンセリングをおこなう必要はなかった。ただ宗康氏が空に織り込む言葉のひとつひとつが、私の脳に訴えかけ、小さな記憶を少しずつ掘り起こしていく。
「あれは十三年前か。F市を知っているだろう。そう、お主の祖父母の家がある地区だ。夏、お主は家族でF市の田舎へ帰ったことがあろう。事態が起こったのはそのときだ。お主の祖父母の家の裏の山で、きつねとたぬきの小競り合いが演じられた。単なるあやかし同士の意地の張り合いで済めばよかったものの、両者一歩も譲らず、思った以上に長引き、隣のI市のあやかしまでも巻き込む大騒動となりかけた。F市とI市の祓い屋が収束に乗り出したときにはもはや人の手でどうにかなる問題ではなくなっていた。困り果てた祓い屋は我々十文字を呼び出し、協力して戦争を収束させた」
「ええ……私はそのとき三歳でした」
「この時分、すでに私には唯が生まれていた」
十文字唯はえへへといたずらっ子のように舌を出した。
「娘とお主、同じ名前に同じ年齢。妙な親近感をお主に覚えてしまってな。この髪飾りをお主に渡した。――安倍家、そして我ら十文字家の加護が宿った、五芒星の髪飾りをな」
見計らったように、十文字唯と幸田伊織は、それぞれ取り出した。
唯は五芒星のブレスレットを。
幸田はマイ箸を。
「これ、祓い屋関係者は生まれたときから肌身離さず身につけるという掟があるの。大きくなったらそれぞれ自分なりに加工して、アクセサリーにしたり、お守り袋に入れたり。伊織ちゃんは、箸なのね? 珍しい」
「いいだろ」
「特に娘には、私が手作りした髪飾りを贈ろうと思っていたのだがな。お主に渡さないわけにはいかなかった」
「…………」
いろいろすべてが腑に落ちた。
私にかけられ続けた、虫の知らせのような教えの数々。さまざまな直感。それらが私を人形から守り、子どもたちへの信頼につながった。すべてはこの神よりも神らしい人からの天恩だったのだ。
「ごめんなさい」
私は自然と頭を下げた。
「私、とても失礼なことを言ってしまって……」
「なあに」
彼は慈愛を口元に乗せた。
「言わずにおいた私たちに否があるからな。伊織も、すまなかったな」
「いえ」
幸田は短く返事をした。部外者扱いされていたことにまだ納得がいっていない様子。そこに十文字唯が、幼馴染みの肩をポンポンと叩いた。
「まあまあ、伊織ちゃん。これは本家秘伝の術なのよ。普段は分家を帰したあと、秘密裏におこなわれるの。それをあなたに見せたということは、父上があなたのことを認めたって証拠じゃない」
「俺は本家の人間にはなれないんじゃなかったのか?」
「ええ、女に二言はないわ。ねえ、父上」
「ふむ……仕方がないな」
三人の祓い屋の姿がそこにある。聡明な主人はいまだ不本意なふうに顔を苦々しくしかめ、美しくしたたかな娘はどこか楽しそう。そして次期本家当主と認められた私たちのクラスメートは、私と目が一秒合うより先に、ぷいっと逸らした。
なんだかムカッとするが、幸田の気持ちも汲んでやらなければならない。長年の片思い相手にフラれた挙げ句、その彼女はおせっかいな姉のように、恋のキューピッド役を企み……って。
幸田とひとつ約束をしているのを急に思い出し、ぽっと頬が赤くなった。
これも、行き過ぎた偶然のひとつなのだろうか。
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