第10話
「俺たちをここに連れてくるために人間に化けて……いや、魂を乗り移らせたんだ」
呆然とする私の上で、淡々とつぶやく。幸田はフェルト人形を取り上げて、他の人形たちと一緒に置いた。
「四年三組の二人か。同級生で、仲が良かったんだろうな」
「……いったい、何がどうなってるの?」
どうしようもないぶっ飛んだ展開の数々。私の目には涙が浮かび、幸田の顔はよく見えなかった。女子高生が人に見せてはいけないほどぐしゃぐしゃに濡れていたに違いないが、幸田は茶化すことはなかった。
「おまえに何か託したんだ。あいつらからは悪意らしいものは感じなかったし、霊としての力が強かった。だから俺も退魔を諦めたんだ。こういうことだったんだな、役目を終えたから元に戻ったんだ」
「霊としての力?」
「おまえに何かを伝えたい、という思いが反映されたんだろう。あの娘、戻る前に何か言っていただろう。なんて言った?」
私は糸のようにこんがらがる頭を整理したかった。入らない足腰に懸命に力を込め、立ち上がると、二つのフェルト人形に目をやった。
「……に……と……って」
「にと?」
「わからないわ。あの子たち、ずっと途切れ途切れにしかしゃべってないし。それも乗り移ってたからなの?」
「そういう場合もあるが……ふむ、にと、か。それだけじゃ意味がわからないな。ニトログリセリン、二兎を追うものは一兎をも得ず、二頭筋、二頭身……」
幸田は『にと』がつく言葉を検索しながら、推理に没頭する名探偵のようにバスケットコートを歩き回る。板張りの床に響く足音を聞きながら、私はフェルト人形に集中する。
信じがたいことばかりだから、どんなに荒唐無稽なことだって、受け入れないでいられない。現実に身を任せなければ私は発狂してしまうだろう。
だからって、この愛らしいフェルト人形が、数十人もの罪なき人々を恐怖のどん底に陥れ、命を奪った張本人だと想像するのは、荒唐無稽にも程があるではないか。ありえてはならない。ならないのだけど――
フェルト人形のテーブルに、説明書きが書いてあるのを見つけた。
『子どもたちが毎日悪戦苦闘しながら作り上げたフェルト人形。毎年秋におこなわれるかがみの人形祭りに出展予定だった作品たちです。事件の衝撃により人形祭りの開催は危ぶまれたが、子どもたちの遺志を多くの人に伝えるべく決行され、これらのフェルト人形も日の目を見る結果となりました。終了後は遺族の意向によりこちらに飾られています』
かがみの人形祭りとは、今朝ニュースで特集されていたあれではないだろうか。なんという因果だろう、と胸が締めつけられる思いだった。
「……子どもたちの名前はなんだったんだろうか」
幸田は脳内に散りばめられた『にと』から解放されるように、ふいに独り言のようにつぶやいた。
「名乗ってはいないよな?」
「言ったとしても、片言だからわからないわ」
「それはそうだな」
思案する私たちの下で、さぶがしっぽを蛇のようにくねくね地面に這わせる。
「べっち。いれーひ。いれーひ」
「慰霊碑……」
幸田はさぶに視線を落として、やがてピンと来たのか、しゃがんで彼か彼女かの頭をなでた。しゃべる動物はニャーゴと鳴き、幸田の手に甘えるように顔を寄せた。
「そうか。慰霊碑ならば管理者がいるはずだ。この資料館も誰かが建てている。聞けば手がかりがつかめるかもしれない。でかしたぞ、さぶ」
ご主人様のお褒めの言葉に、利口な猫は高らかにニャアとあげた。
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