第35話




 ――家族の終わりを、こので決めるほど、私の人生はのかと、そこに置かれた一枚の薄い紙を見つめていると、脳裏に浮かんだ思い出が、一つ、一つと泡になり。何時しかそれが滲んで歪むけど、幾度も話した末のこれが現実で。相手の幸せを願うほど、私はただ淡々と書き連ねる名に歪みはなかった。




 ……結局、全ては過去の行いで、今の私がある訳で。言わば病気もその原因は、巡り巡って自業自得というのでしょう。二度目の退院後、時を置かずに私の身体は様々な場所が悲鳴をあげ始め、結果その後の一年で手術を二回行うこととなってしまいました。……当然ですが保険には入っていましたが、だからと言ってこんな状態が続けばどうなるか。結果は火を見るより明らかでした。下請けであろうと会社勤めの人間が、入社後僅かな期間で入退院を繰り返し、持病を抱えて体力のいる仕事など、させてもらえる訳が有りません。「依願退職」という事にさせられ、代わりに休暇期間の給料だけは支払ってもらうという事で、何とかその期間の食いつなぎは出来ました。


 ……ですが、その先がもう見えなくなってしまっていたのも事実です。息子の入学とともに奥さんは早々に働き始めていましたが、逆に言えば私が、私が一番のお荷物になっていたのです。


 暗くなる家族の団欒、子供を寝かしつけてからの連夜の話し合い。自ずと二人の内心は透けて見えていました。後はそれをどちらが言い出すのか。



「……これ以上、君達の負担にはなりたくない」


 ――別れよう。


 どれだけの時間を掛けたでしょうか。それは何分も掛かったのか、それとも一息で言ったのか。既に朧気で曖昧ではありますが、はっきりと私から告げました。途端彼女は「嫌いになって分かれるんじゃないってのは分かってよ?! 絶対嫌いになってなんか無いから……」とボロボロ泣きながら零すのをただ黙って見続けました。ふと、リビングから見える寝室の扉を見て、湧き上がるのは悔恨の念と、どこまでも深く広がる寂寥感。


 愛しているのです、今も。そして許されるなら絶対に手放したくなど無いのです! 息子はまだ産まれて七年程度、まだ右も左も判らぬ幼子です。妻にしても「一緒に爺さん婆さんになっても、手繋いでたいけどいい?」と告げた相手です。なんなら、二人のために私の生命などどうでもいいのですから……。


 ですがそれを、現実は許してはくれませんでした。


 それこそ、私の命を奪ったうえで、二人の未来も絶望に落とそうと。



 ――時に平成二十五年、私は全ての財産を彼女に託し、独り鞄一つに服を詰め込んで、大阪にいる独身の友人宅へと転がり込みました。


 因みに、彼女の実家はこの事を知ってすぐ、彼女たちの支援に動き始めてくれました。……ただ私の実家にこの事を話してはいません。親権も全て彼女に渡して、私は文字通りたった「独り」となったので、孫を大層可愛がってくれた母に、その事を告げるのはあまりに忍びなかったので。故に、私は実家と疎遠になってしまい、今現在もそれは修復できていません。




 こうして私の二度目のは始まり、まず始めたのは仕事探しですが、当然簡単には見つかりません。何しろ持病が有るため「ガテン系」は勿論、長時間立ちっぱなしの仕事も不可能になっていました。そこで浮かぶのは事務方ですが、私の最終学歴は「中卒」です。その上、事務経験すら皆無です。そんな人間においそれと希望の就職先が見つかるわけもなく……。結果友人に頼み込み、彼の会社で「応援」と言う名の日雇いアルバイトを熟す日々になりました。体調がいい日は力仕事を手伝い、少し辛い日には彼の事務所の伝票整理などを……。


 そうして食いつなぎ、先ずは独りで暮らすための資金を貯めることに約一年。



「……結構広いな」

「まぁ一応、台所と部屋は別やからな」


 大阪市南部の端にある、独居用の1Kマンションに、私は引っ越しを決めました。入居当時はそれを知った友人たちが家財道具が何も無い、布団だけの我が家を見て「これ、引っ越し祝い」とテレビや電子レンジ、棚代わりのカラーボックスや、ワイヤーラックを持ち寄ってくれ、一気に「部屋」になったのをありがたく思い出します。中でも、ちょうど冬になりかけてた当時「コタツ」を置いていってくれた彼には本当に感謝です。そして最後に持ってきてくれたのが、デスクトップ型の『ウインドウズXP』が搭載されたパソコンです。確か、この頃は既にウインドウズ7か、8だったとは思うのですが、その全てを持っていなかった私にとって、パソコンは絶好の「おもちゃ」になってくれました。勿論休み休みではあっても、仕事は続けていたので、会社のパソコンを扱う勉強にもなりましたし、殊更「文字を打つ」という練習が出来たのも、こいつのお陰です。そんな中、昔入院時に携帯で少し書いたことの有る「ケータイ小説」を思い出し、ブラウザ検索で当時のサイトを見つけた時は「残ってるやんけ! しかもログインできるし!」とキーボードをぶっ叩いたのを覚えています。


 そして、私のWeb小説の「読み専」生活が始まったのです。


 

 ――う~ん、このお話、おもろいねんけど、もっとこうなったら良いのに……。


 読み始めたのは、某異世界転生物語が続出したサイトが最初です。多分、ありきたりではありますが、主人公がつらい目に遭い、転生し、チートを貰って無双する爽快感に、自分を重ねたのだと思います。そこからそう言った物語を読み漁り、かなりの物語を読んだ時点ではたと気づいたのです。


 ……読みながら、論評してる? 


 そこに気づくと読む話、読む話で自分の中にムクムクと、得体のしれないもどかしさを感じ始めます。そしてそれは何時しか、矛盾点を見つけたり、お話そのものを自分の中で組み立て始めた頃にはもう、その正体に気がついていました。



 ――私もこんなお話を書いてみたいのだと。

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