第34話
――新しい事を始めるという事は、終わることもある訳で。特にそこに人の出会いと別れが在ったなら、やはりそれも思い出の一つであり、そこに残る感情は哀しみか、それとも悲しみなのか……。
――時は少し進んで平成二十四年。息子にとっては初めての出会いと別れの経験となる、卒園式と入学式が控えていた。流石に六歳ともなれば、自我ははっきりと確立し始め、性格というものが見て取れるようになってきた。彼は同年代の友人であれば男女の区別なく、大きな声ではっきり物を言うのだが、女性、特に何故か、二十代前後と言えば良いのか、十代後半からそのくらいまでと区切って良いのか、とにかくその年嵩の女性と話す際にだけ、何故だろう、口元が常に緩んでいる。言葉遣いにしても、少し甘ったるいと言うか「あのねぇ」とか「うんそうだよ」など、いやお前、どこのお坊ちゃまやねん! と突っ込みたくなる喋りに変わるのだ。
「……なぁ、あいつ、なんで女子高生とかそのくらいのお姉ちゃんにはあんな喋り方なんや?」
「……愛想振りまいてるらしいで」
「ファ?!」
「……誰かによう似てきて、まじムカつくわ」
「いやいや、ちょいちょい! 俺、あんなんか?」
「……自覚ないんか?」
「うせやん! いやいや、結婚してからお前一筋や――ブギュ」
「この口か?! この口がそんな事抜かすんか!」
……まぁ、夫婦喧嘩は犬も食わないと言いますが、卒園式の和やかな雰囲気の中、式を終えた皆が中庭で歓談中にそんなアホな漫才をしていると、彼女の義母が息子を連れて「写真撮って!」と何人かの先生を連れて来たのを覚えています。その後、お祝いにと繁華街まで車で出かけ、
そして肝心の私の就職ですが、当時、流行り始めた就職サイトへの登録でオファーを受けるというのが始まっていて、そこに登録してすぐに、とある家電メーカーの修理部門からお誘いがあったのです。勿論、その後履歴書を送っての面接作業などは熟しましたが、それらに見事合格し、私はメーカーの修理業者へとジョブチェンジしていました。
――ただ、完全歩合の、所謂下請け業者でしたが。
ですが、それでも超有名メーカーの一応社員です。たとえ下請けであっても、福利厚生だけはしっかりしています。なにせ、保険は「組合保険」で黄色でしたし、歩合制にも関わらず、厚生年金への加入が出来たのです。前職では厚生年金は加入していましたが、流石に保険は「社会保険」でした。下請けにも関わらず、年次休暇は勿論、半給になってしまいますが、育児休暇すら取得可能と言う、流石、東証一部上場は待遇が段違いだなと、説明を受けた時に喜んだものです。
さて、時は平成も終盤に向かい始めた頃、西暦で言うところの2012年。気づけば私の年齢は既に四十二歳となっておりました。この時点でピンとこられたアナタは「凄い!」と言っておきましょう。そう、日本人なら誰もが思う「厄年」です。数え年で男性は二十五、四十二、六十一歳で、女性は十九、三十三、三十七歳に訪れると言います。これは、諸説あるので深く掘り下げようとは思いませんが、心身は勿論、体調や物事において失敗や、不調が続くとされています。
――私の場合を振り返ってみましょう。
先ずは、二十五歳前後のお話と言えば……はい、これは間違いなく、あの「阪神・淡路大震災」の年になっています。その前後に何か在ったかと振り返ってみれば、前年にはそこまで思い出になるほどのことは有りません。ただ後年、二年後辺りに「事故」は有りましたが……。
ただこの厄年には「強弱」が存在していまして、男性の場合、四十二歳の本厄を中心にこの前後が最も危険だとされているのです。現に私はこの頃、体調を崩しやすくなっており、滅多にひかない風邪をひいては、家族に迷惑をかけていました。特に「手術」以降、内蔵が弱くなったのでしょう、酒をほとんど受け付けなくなり、昔のように暴飲暴食なんて、勿論出来なくなっていました。……ただそれが、後の大病の前兆だなどとは全く気づきませんでしたが。
――そう、私はこの「本厄」の年、二度目の入院となってしまったのです。その際の病名は「
「……先生、原因は何なんでしょう?」
「正直、これという特定は出来ません。何らかの菌が身体に侵入したか、またはそれが要因となって体内、特に血管で炎症が起こったとしか――」
聞いた私も怪我をしたことがないとは言い切れません。例えば修理業務の際に狭い場所で、色んな突起物の有るものを触診のみで修理したなんて経験もザラです。そんな時には切ったり、突いたり、いくらでも有りました。重量物を傾ける際には自分の体を支えにして、寝かせる際に
――そして、この年を境に、私の身体は朽ちてボロボロとなって行くのです。
……最終的に家族すら失ってしまう程に――。
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