第31話



 ――日々の出来事がし始めると、時のスピードが変わるのは何故だろう。子は日々変化を見せてくれ、休むまもなく日常を熟していると、気づけばもう……それは近くに這い寄っていた。



 時に平成二十一年。それは息子の誕生日が間近に迫る季節だった。……静岡のこの本社勤務となって、丸二年が過ぎ、三年目に突入しようかという頃、隣の社宅に暮らす兵庫の同僚が私に声を掛けてきた。


「〇〇さん、採用は石川やけど、本来の出身って「大阪」ですよね?」

「? ……せやけど。それが何か?」

「……石川にまだ家があったりするんですか?」

「……無いけど。なにや、気持ち悪い言い方やな。はっきり言いや」

「すんません、まだ本決まりやないんで、何とも――」


 そんなやり取りをした数日後、私はまた、あのな事務員さんに呼ばれ、社長室のドアをノックした。


「あれ? ▢▢」


 入室の許可を得てドアを開くと、既にそこには数日前に変な会話をした彼が居た。そうして二人、社長に促されてソファに腰掛けると、向かいに座った社長が話し始める。


「▢▢、本社勤務になって何年だ?」

「はい! 今年で七年目になります」

「……七年か。今までのだな」

「……はい。申し訳ございま――」

「いや、責めてるんじゃない。寧ろ、それだけ君がこの本社でになっていたんだよ」

「……っ!」


 その言葉を聞いた途端、彼は俯き、じっと目をつむる。実際、私もこの会社でお世話になって以来、彼のことはよく見ていた。同郷と言うのもあったとは思うが、それ以上に彼は本社の内勤でかなり重要なポストを担っていたのだ。時に営業として得意先を周り、受注した機械の設計を担当と繋ぎ、ディスカッションしたり、工場の連中とはほぼ毎日のように会議を行い、工程表を組んでいた。それらを新しく入ってきた新人に教えながらである。まさに、パイプ。いや、くさびの様な存在だと私は常々感じていた。勿論この会社にはそれぞれ、その部署ごとに役職も居れば、社員だっている。にも関わらず、彼は何時も、どんな時も会長、社長にまず呼ばれ、すべての調整を行ってきていたのだ。


 この会社は先述の通り、ある意味で戦時下のような一体感を持っている。……ただ、部署の長達は何故か一匹狼のように、個人成績を取る。故に上の連中だけは横の繋がりがなく、流石の社長たちも再三注意していたが、昔気質の連中はそれがどうしても出来なかった。そこで、社長は当時入社してきた彼に白羽の矢を立てたのだ。入社当時の彼はその社風にすぐ慣れていたため、社長の命令は絶対だったのだろう。そしても有り、その重責を「任された」と勘違いしてしまっていた。これらは彼と二人の時、泣きながら話してくれた本音の一部。時が経ち、経験も得た今ならば、絶対受けることはないだろうと、歯を食いしばりながら教えてくれた。


 ……良かったな。やっと、お前の好きなように出来るな。


「おい、〇〇君!?」


 彼の心の内を知っていた老婆心から、何とも感慨に耽っていると、突然私を社長が呼んだ。


「うひゃい!」

「……どうした?」

「い、いえ、申し訳ございません」



 あまりに驚いて、マジで変な声で返答をしてしまった。多分「うぇ? はい!」と言ったつもりだと思っていたのだが、後に爆笑しながら▢▢が教えてくれたので間違いないらしい。……で、何故彼の転勤話に私は同席したのかと言えば、彼が戻る兵庫支店へ、私も一緒に転勤してほしいとの事だった。


 ――実は、現在我が社の大阪支店が撤退しているのは知っているだろう? そこで君には、兵庫でレンタル業務の研修の後、をお願いしたいんだ。



 それは社長の善意か、謀か。勿論前者なのだとは思えたが、私が入社したのは石川県で、しかもここには研修で来ているのだ。故にその異動先が関西になるなどと、頭の中には勿論無かったわけで……。


「……い、良いんでしょうか?」


 思わずこう返した私は恐らく、かなり混乱していたのだろう。結論として、私はその異動に承諾の意思を伝え、社宅で家族に伝えた時の奥さんは喜びも一入ひとしおだった。



 ――なんだかんだと言った所で、彼女は生まれ育った地元に還りたかったのだ。



 そして、正式な辞令が発行され、平成二十一年次最終期を以て、レンタル事業部、関西支部への異動が決まった。




「……▢▢、お前の仕業やな」

「はえ?」

「はえ、ちゃうわ! それに怒ってるんじゃないし、感謝してるんや」

「あ、あぁ。◯◯さんの顔、真剣やとマジで怖いんすよ~」

「……なんでやねん! まぁ、そこはええ。とにかく、ありがとうは言っておきたくてな。めっちゃ喜んでた」

「何とか、幼稚園には間に合いましたもんね。中途半端に入園してたら、かなり面倒やったし」

「いや、それは▢▢の所もやろ? 下の子は卒園やけど、上の子は二年生やったんじゃないん?」

「あぁ、小学生は学区さえ決まれば割と簡単に転校出来るんすよ、義務教育ですから、私学じゃなければね」


 辞令を貰って帰宅し、二家族で夕飯を一緒にした際の、私と彼の会話である。彼とは五歳年齢が違ったのだが、何故だか。恐らくは育ち方がだったのも、関係しているのだろう。彼は所謂、神戸三宮を中心とした地域にいる「チーマー」の一つに所属していたらしく、綺麗なタトゥーを背負っていた。口調、視線は言わずもがなで、時折見せる「威圧感」を見た時、私はすぐに気がついたのだ。工場作業員になって少しした頃、会議の工程表で揉め、口論から発展した「お話し合いどつき合い」は誰にも止められる事はできない程になり、それが縁というか、彼は私を「知った」のである。


 そこから変に懐かれて、しかも同郷が合わさって、今回の結果に結びついている。


 

 ――ただ、あの時ぶち壊した会社の備品請求にはマジ泣いたが。

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