第30話-2



 ……皆さんはいつ頃、スマートフォンを持たれました? 


 私が手にした初めてのスマートフォンは「ギャラクシーS02」と呼ばれる、Android端末です。発売は確か2011年の夏頃だったと思います。


 あ、でも今回のお話は、まだそこまで時は進んでいません。前話の続きです。


 ……ただ、ふと気になったもので。



 時に平成二十年、昨日のどんちゃん騒ぎのまま、気づけば私は家族一同巻き添えのまま、友人たちの車に分乗し、片道三時間ほど掛けて、わざわざ神戸の六甲山頂に居ました。


「寒いっ!」


 降車し、真っ白な息を吐いて出たのはその言葉でした。


 今はどの様に変わったのか、はっきりとは分かりませんが、わたしたちの青春時代や恋人と夜景を堪能しようと言えば「六甲山から見下ろす神戸の街並み」です。何しろ、当時は『100万ドルの夜景』と呼ばれ、ここ六甲山に有る、高台の公園や山道途中にある喫茶店は、有名でした。……とは言っても、勿論夜明け前のこんな時間にお店など開いているはずもなく。息子に至ってはミノムシのように大人のダウンに包まれて、すやすやと眠っている始末。そんな様子を見ても友人たちはお構いなく、ワイワイと言いながら、他に並んだ見物客の間に場所を取りに行きます。


「お~い! ここ、開けてくれるって」


 そこには既にまばらに人が居たのですが、流石にそんな連中の側には居たくなかったのでしょう。そそくさと逃げるようにその場を離れ、ぽっかり出来た空間で友人たちは笑っていました。すると、スタスタと母が一歩前に出て、離れていく人たちに「ゴメンね騒がしくて」と頭を下げます。


 ――あぁ、本来親ってのはあぁして、見本になって……。


「よっしゃ! 〇〇連れてきて!最前列行くで!」


 ……あぁ、やっぱ、俺のオカンやな。



 やがて、海の水面から、一筋のオレンジが見え、ふと見上げた空は何とも言えぬ様々な色を見せてくれます。皆の顔に光が差し、目を細めた先には海の向こうに上がる、半円の燃える天体。炎の色はやがて温度を持って、厳かに。その威容をゆっくり水面に映しながら、まるで二つに分かれるように、その姿を現します。


「……綺麗やね」


 さすがの皆もその瞬間だけは静かに。黙ってその光景を眺めていると、隣で息子を抱っこしている奥さんがポツリ。



 いつの日も、日は昇って沈んでいきます。繰り返し、繰り返し。それはこの星が産まれてからずっと変わらず。なのに、本当は毎日、目にしている光景だと言うのに。今、この瞬間だけはどうして『特別』だと思えるんでしょう。……言葉で言えば新年初めて登る「初日の出」新しい門出の意味を込めている……。それは、日本人が昔から思ってきた伝統行事であるわけで……。理由にすればいくらでも。言い募ることは出来るでしょう。


 でもね。


 ――そこに有る『現実』はやはりもっと直接的で。顔に感じる熱はリアルで。その瞬間だけは拝んでしまっても致し方ないと思うのです。普段は見向きもしないのに……。


「……帰ろか!」



 ――オカン! あんたは……もう! 俺のポエマータイムが台無しや!


 等と、当時からバカな妄想癖を暴走させていた私。おかげで今、それが創作の一助となってもいるのですが……。


 そうして、戻る途中に立ち寄ったのは、住吉大社。かなり遠くに車を停めたため、かなりの距離を歩きましたが、その間に起きた息子が出店を見てはしゃぎだし、母がバカっぷりを発揮してしまい。なぜか、道中で知り合いと偶然出会い……。


「行きより人増えてない?」


 妹が憮然とした顔を私に向けていました。



 結局、なんやかんやであの日何人集まったでしょうか、正確には覚えていません。友人の友人やら、その奥さんとか家族だとか……。とにかく挨拶しては息子を見て「かわいい!」と言ってくれ。そうして太鼓橋を渡る頃、子供はまたぐったりで。


 ……そう言えば昔、年越しで深夜にこの橋近くに来た時、突然人の波が引いたのを何だと眺めていると、黒尽くめの「いかにも」な方々が現れたのを、覚えています。橋の両脇にスーツの男たちが整列し、中央部を和装のお爺さんと付き添いがゆっくり渡り、そのまま本殿に向かうと、最後に渡ったスーツの男連中が「お騒がせしました」と頭を下げ、足早に去っていく。


 まるで、映画のワンシーンのようで、見入ってしまいました。



 閑話休題。


 結局ドタバタとなった帰省は、最終日に奥さんの実家で落ち着いた夜を過ごし、翌日、お土産を持たせてもらって一路社宅へ向け出発したのでした。



 

 その年の夏、携帯電話に革命的な機種が日本で発売されます。それは「スマートフォン」と呼ばれ、日本で最初に発売したのはソフトバンク。それは今までの携帯電話そのものの概念を覆し、物理テンキーが無いという、見た目は画面だけの板のような物。初夏あたりから大々的に宣伝され、テレビニュースにまでなってしまう。そして発売日にはそれこそ長蛇の列が出来、その時の産まれた名言が「このビッグウェーブに乗らなければ」だった。あのモヒカンさんは今もたまに見かけるが、名前は何だったか忘れてしまったけれど。


 かく言う私も、当初は「これなんだ?」と思って見ていた。何しろ、物理ボタンが存在せず、どうやって文字を打つのかと思えば、画面に直接触れて操作するという。そんな物を今まで私は見たことも聞いたこともない。大体「スワイプ」ってなんだとニュースで説明を聞いたが要領を得ず、その上、私の携帯電話会社はNTTdocomo。機種変するには時期も違うしと思い、列を横目に、その時の私は見ないふりをしていた。

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