第30話-1
――平成二十年正月。
その年は私にとっては久方ぶりの、我が息子にとっては生まれて初めてとなる、実家への里帰りだった。
いや、別に親子関係が不仲だったわけでもなければ、戻りたくなかったわけでもない。……ただ時間が取れなかっただけだ。実際、子供が産まれた時には互いの両親は、わざわざ新幹線に乗って駆けつけてくれたし、義母に至っては産後の奥さんを心配して一週間ほど、石川で寝泊まりまでして面倒を見てくれていた。故に私は何の苦労もせずに仕事へ邁進できたし、子供との時間も少しは余裕を持って接することが出来ていたのだ。静岡へ越した時などは、私の妹が母を連れ立って社宅まで遊びに来てくれ、あまつさえ、一緒に「富士山に行こう」と小旅行まで連れて行ってくれた。まぁ、呑んべぇの彼女である、実は御殿場ビールとソーセージが目的だったと知ったのは、敢えて黙っておいた。……とにかく、子供が産まれてからの二年は、私のせいでドタバタと忙しかったお陰で、生活自体が安定しなかったのだ。それらを放って帰省等していれば、逆に叱られていたと思う。
そうして、色々落ち着いた翌年の正月、私達はお礼の意味も込めて、互いの実家へ正月挨拶とともに、帰省した。到着は前年の大晦日、まだ明けきらぬ午前四時過ぎに社宅を出た私達は、自家用車に乗って一路国道一号線を西へと走らせる。
……あぁ、そう言えばこの車、既に私が独身時代に乗っていた
高速道路を使わないのは、少しでも経費節約ともう一つ「トイレ休憩」の為である。何しろ下り路線と言っても年末。どこでどんな渋滞に巻き込まれるかわからない。そのうえ、こちらは小さい子供を同乗させているのだ。二歳程度の子に「もうちょっと我慢してね」など聞けるはずもない。おむつで急場は凌げても、その「ゴミ」を積んでの長距離移動は厳しい。まぁ、高速道路のように運転が楽というわけではないが、私は「車の運転」自体が好きだったため、それを苦に感じることは無かったのだ。
そうして、途中で見つけた道の駅やコンビニで小さな休憩を挟みつつ、午後の三時頃には、懐かしい大阪へと戻ってきていた。
「……あけまぃておめぇと」
二歳と半年を過ぎた我が子が、何度も練習した言葉とともに頭を下げる。慌てて私達が「いや、それ明日や――」位まで発生した所で「おめでとう! すごいねぇ! きちんとご挨拶できるやんかぁ!」と我が母が、それこそ猪突猛進が如く、玄関先へと駆け寄り、しゃがみ込んだと思えば、初孫をこねくり回していた。玄関を開けてくれた妹は母の突進に呆れ顔で「狭い所に突っ込んで来な! 余計せせこましいわ!」と苦笑い。
まぁ、説明する必要もないかと、三人顔を合わせ、久しぶりの実家の敷居を跨ぐ。そのまま奥の部屋へ進む時、チラと覗いた私の自室は……二人の寝室へと変わっていた。
――思えば私がこの家を出てから、もう十年以上が過ぎている……。独身中は何度も実家で、飯を頂いた。なので、自身の部屋がどうなっているかなど、考えたこともなかった。部屋に在ったはずの産廃パソコンなど見る影もなく、部屋に不釣り合いだった革張りのソファも置かれていない。ただ、水槽を置いていたあのキャビネットだけは、内容物を変えて、そのまま使用されていた。
……あぁ、私はもう「家族」では在っても「同じ屋根の下に暮らす家人」では無くなったのだ、と思い知らされた。
心の隅にそんなわだかまりと言うか、
――うわ! まじで子供がいてる!
実家へ戻った夜、久しぶりに近所に暮らす私の友人たちが早速と、押し寄せて来た。すぐさま母は息子を抱き上げ「見せるだけや! 触るな! 馬鹿が移る! あと、見物料代わりのお年玉!」と矢継ぎ早に言い、しかも何やらどさくさ紛れに、トンデモ発言をして、友人たちから本当に巻き上げていってしまう。皆はそれでも「あははは! 相変わらず、お前のオカンは怖いし、ちゃっかりしてるなぁ」と言いながら、何故か一様に「ポチ袋」を渡してくれる。
――こいつら……カッコつけばっかりやな。
恐らくは私の帰省を知り、それは既に相談済みだったのだろう。気づけば我が家は人で溢れており、持ち寄った料理や酒で既に宴会は始まっていたが、母と妹はさっさと自分の取り分を取って、奥さんや息子を連れ、ダイニングテーブルに避難している。
「よし! この後運転するやつは一杯だけ! 後は好きにやるぞ! 乾杯!」
――いや、運転するのに一杯もあかんやろ!
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