第28話



 ――中途採用者とは一般的にこういう立場に立たされるのか。


 平成十八年、私は静岡県の,とある事務所で社長の隣に立たされていた。



 ……先に断っておきたいのだが、私の入った会社は、とある建築機械の『レンタル、リース会社』である。



「おはようございます!」

「「おはようございます!!」」


 それは事務所内に響き渡るほどの大声で、社員一同が社長の先導の後に斉唱する。その声に驚いて、目を白黒させていると、お構いなしに社長は話を進めていく。


「――と言う事で、今日からこの本社工場で研修を行ってもらう〇〇君だ!」


 そう言って、社長は私の方を見て(挨拶しろと促して)くる。


「えぇ、おはよ――」

「声が小さい!」


 ……えぇ~。


 正直、あれには度肝を抜かれたし、本気で引いた。皆さん、動画サイトで、昭和の「スパルタ営業マン」や「スパルタ教育」などをご覧になったことはお有りだろうか? 営業マンたちを一列に並べ、お偉いさんが大きな声で喚きながら、社訓や営業成績発表などをしていくアレ。また教育現場で言うと、どこぞのヨットスクールみたいな、またはこう言えば判りやすいだろうか。


 ――


 そう、私の入社したその会社は、平成の世にあって尚、社員一丸となって、整列、号令一下を行うな会社だったのだ。


 しかも! しかもである。先ほど社長の言葉でお気づきの方も居るだろうが、レンタル会社に入社してのに、本社はとてつもないほど立派な『工場』だったのだ。


 え? 意味がわからない? そんなの言ってる私本人が解りませんよ! 入社の三日前に本社に旅行鞄一つで向かってみれば、すんげぇ広い敷地にどこからどう見ても鉄! の塊や、どでかい鋼板が搬入され、工場内の見学をしてみれば、、THE工場! でしたから。


 頭が???のまま、事務所に案内され、社長と会長にお会いした所でみたいな感じで「ウチは元々製品のから始まったのだ。故にレンタル商品の全ては勿論、ウチで開発、販売も行っているのだよ。ガハハハ!」


 ――(´・ω・`)知らんがな!


 思い切り心の中でツッコミました。


 が、最早全ては後の祭り。既に全てをここに賭けて来たのです。今更話が違うと帰ることも出来ません。何しろ石川の自宅では、私の大切な家族が「頑張れ」と背を押してくれたのですから。そう考え、心の中では折れそうな程に歯を食いしばり、満面の笑顔を作って「そうだったんですか!」と相槌を打ったのです。



 ……そして配属された先は、とある大型機械のマシンオペレーター。勿論ですが経験など皆無です。初日は当然先輩社員の方が、懇切丁寧に教えてくれるのですが、偶に分かりづらい言葉に「?」となっていると「あぁ、方言わかんないっすよね。僕、北海道出身なんで」と言われ「スイマセン、僕は大阪なんで」「え? 石川から来たんじゃなかった?」このやり取り、実は既に事務所でも何度か経験した後でしたので、慣れてしまっていた。


 ……いやぁ、全国展開している会社って、ホントいろんな土地から集まっているものだなと、つくづく感心もしていたんですが……立て続けになると、ちょい飽きます。



 こうして、何とも言えないスッパルタンな会社で、レンタル機械を作る日々。……よくよく考えてみれば、ここで自社の製品を作るということは、そのレンタル時において全てのメンテが出来るようにもなっていて、ある意味それはそれで「職人根性」ならではの発想だなと後年、会長と個人的に話した際に思いました。


 そして、工場で働き、会社の近くにある独身寮(この会社、マンション何棟も丸ごと持ってた。しかも社宅は十軒以上、戸建て!)との往復生活を数ヶ月。いつの間にやら工場作業員と化した私が何時ものように朝、事務所でタイムカードを切った所で事務員さんに呼び止められる。


「〇〇さん、昼休憩の後、社長室へ向かってください」

「……俺、ナニカやらかしました?」

「ふぇ? あはは、違いますよ。行けば解ります」

「いや知ってるなら今教えて下さい! 小心者をいじめないで!」

「はいはい、おたのしみにぃ」


 ……いやいやいや、まじで! 生殺しってお言葉知ってますかぁ? 気になって仕事できないでしょうがぁぁぁぁぁぁ!


 いや、女性の冗談って、時に洒落になりませんからね。そうしてドッキドキなまま迎えた昼休憩、食事は普通に食べきりましたが。



「……この書類に目を通して」


 社長室に置かれたフカフカの応接ソファに座り、テーブルに置かれた書類に目を落とすと、そこに書かれていたのは「雇用契約書」


 ――そう、試用期間をいつの間にか過ぎ、私はそのまま本採用されることになったのだ。


「……ありがとうございます!」


 思わず、本当に思わず、社長に向かい、大きな声でそう言ってしまった。社長はにこりと笑顔を一つ見せ。


「それは君自身が頑張ったからだ。内容をきちんと読んで、納得したらサインして」

「はい!」



 こうして私は、生まれて初めて個人経営ではない『株式会社』の正社員となった。



「一軒家やん?!」


 正社員になって二ヶ月後、改めて二人を呼び寄せ、引越荷物を積んだトラックから、降りて言った奥さんの第一声がそれだった。


「……そう言うてたやん」

「いや聞いてたけど……二階建てやで」

「あぁ、三LDKです」

「……すっご!」

「社宅やけどな」


 駐車場には二台駐車出来、一階は大きなダイニングキッチンとリビングが備わっており、二階に三部屋もある、立派な一戸建て。業者に荷を運び込んでもらいながら、改めて眺めてみると、社宅では有るが何とも感慨深いものが有る。



 ――このまま、本社勤めでも良いかな。



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