第25話



 ――時は平成十七年の春。


 私達夫婦の下に、新たな生命が誕生した。


 昨年までは自身と、妹。そして母が私の「家族」であり。恋人と言えど、彼女は真の意味で「家族」には入っていなかった。……実際、そんな感情自体考えたことは無かったが。それが一年の後には母や、妹とは全く別の家族を私はしまっている……。


 ただ、正直に話すと、私は結婚した時、そこまでのというものが持てなかった。何しろ新婚当時は元々私が暮らすマンションに、彼女が引っ越してきただけだったし、家財道具の殆どは新調することも無かった。家事道具やキッチン用品など、自分が不要だったものは買い揃えたが、しょっちゅう彼女は家に泊まっていたので、歯ブラシは二つ、いつもの洗面所に置いたあったし、彼女の着替えもかなりの量が、衣装ケースでクローゼットには収まっていたのだ。故に帰宅した時、新妻が夕飯の準備をして「おかえりなさい、アナタごはんに……」等と言ったシチュエーションプレイは既に経験済みである(……いや、ほんとバカですみません)


 だが、今回はそんなものじゃない。寝室には真新しいベビーベッドが置かれ、キッチンには今も超メジャーな、◯ルトンの殺菌道具が、哺乳瓶たちとともに誇らしげに並んでいる。リビングには敷いていたラグ・カーペットをコルクマットに姿を変え、ゴミ箱の隣には「おむつ専用」が鎮座していた。ちなみに私は直座り派だったので、リビングソファは当時置いていない。部屋の出入口や角には至る所に激突防止クッションを取り付けて、当時は高級品と言われた、着脱型の持ち運びができるチャイルドシート(勿論回転式である)をVIPカーに取り付けて、彼女らの待つ病院へと向かった。……ちなみにベビーカーは二家族にお願いして、これまたお高い物を頂いた。


 


 ……そんな準備をして、分娩室でのあれである……。


 その後、彼女のお腹に乗せたまだ血のついたままの赤ん坊と「初家族写真を!」私達にカメラを向けられたのだが、あの時、デジカメ横に並んだ看護師の、憐憫の眼差しもキツかった。そうして、後産あとざんの処理が有ると、彼女から離され、生まれたての赤子までも、さっさと看護師に連れ去られてしまう。そうして、ぽつねんと分娩室で立ち尽くしていると、痛みの失くなった彼女が一言。


「……何ぽけっとしてるん?」



 ――女は弱し、されど母は強し。


 昨日までの「甘えたさん」はどこへ行ったのだと、本気で疑惑の目で見つめてしまった。……だってその時、彼女、局部を縫われてたんだぜ。そりゃあ大の男の握りこぶし、二つを合わせたくらいの頭だったからねぇ、我が息子は……うぅ、タマがヒュンって今でもなるよ。


 いやいやホント、そう言う意味では女性に頭、上がりません。


 閑話休題。


 さて当時のお話ですが、この頃産婦人科と言うのは、何処も盛況だったと記憶しています。個人病院に至っては様々な趣向を凝らし、病室が豪華だったり、施設が充実していたりと、まるで「美容関係」の病院かと思うほど。そんな中、私達が選んだのは、先生の評判もよく、かつ出産後に「フランス料理・フルコース」が経産婦さんに出ると有名な病院に入りました。下世話な話ですが、当時の出産一時金の支給額は約三十万円程度。……ですが、私達が利用した病院での費用は退院時、プラス二十数万円でした。……恐らく現在の価格は物価上昇や諸々も含めて、あの頃よりも更に上がってそれ以上かもと思いますが、あくまでこれは『自然分娩』での費用です。故にそれ以外の場合や地域、病院によって違ってくると思いますので、その辺はあしからず。


 ……まぁ、そんなこんなで事前準備していたのは百万程度だったのですが、産まれて早々にそちらは吹き飛んでいきました。ただ、両家にとって初孫の「男の子」だったのがしたのか、その後、子供に関する費用はかなりの支援をして頂けたので、感謝しています。


 そうして何の苦労もなく、我が家に来た息子くん。最初の試練が始まります。


 じいじ、ばあばや義兄弟からの、熱烈歓迎抱擁巡り~! 各家にお邪魔するたび、おくるみや部屋着ロンパースが準備されており、毎回着替えては抱っこ、写真をバシャバシャ……。当時の流行りだった「く◯のプーさん」に始まり、様々な動物などの耳がついたロンパース。流石に笑ったのは「腹ペ◯青むし」でしょうか。とにかく驚いたのは、そのバリエーションの豊富さでした。思い返せば私が小さかった頃、動物の耳がついた帽子はあったようで、古ぼけた写真には真っ白なロンパースに胸にぼんぼりを着け、丸い耳のついた帽子姿の私が写った写真がありました。


「……お父さんと一緒でやねぇ」

「眉は嫁ちゃん似やけど、目はお父さんでくりっくりしてる!」


 ……まぁ、赤ん坊ですから。目はくりくりしてると思うんだが……。等と孫バカっぷりを披露する親たちを見ていると、何故だか心の中で「やっと一つ、お返し出来たかな」とほっこりしました。……まぁ、当の本人は生後間もないのに辛かったと思いますが。帰りはぐったりして眠っていたので少し、いや結構心配になりましたけど。



 そんなこんなでやっと我が家へとお越しになられた息子殿。未だぐっすり眠る彼をベビーベッドにそっと寝かしつけ、寝室で二人、彼の様子を見た瞬間。


「……俺、親父か」


 と意図せず声が溢れたと同時「せやで。頑張ってなお父さん」と隣から声が聴こえ、色んな意味で胸が熱くなったのを覚えている。


 

 ――桜が舞い始めた春、私は新しい「家族」を作り、人の『親』としての人生を歩き始めた。




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