第22話
――先輩と後輩。
平成十年五月中旬、私は先輩の興した『有限会社』で職人として在籍する事となった。先輩とは言っても年齢的には五歳離れていて、私が父の会社に入社した時点で、彼は二十歳を過ぎていた。所謂、学校などでの上級生の意味での「先輩」ではなく、仕事、いやそれだけじゃないな。彼は本当にいろいろな意味での私の『先輩』である。
私が、空調機関連の仕事を親父殿の会社で始めた当時、それはまだまだ所謂『職人集団』なだけだった。親父殿が元請けと直接交渉し、私達はその社長が連れているただの「手駒」だったのである。一応社名も有り「会社」を名乗っては居るが、当時はまだ親父殿が職長であるだけの、『一人親方』状態だったのだ。細かく言えば、会社登記もせず、ただ屋号を掲げて、元請け会社に下請けしているだけの、個人集団に過ぎなかった。まぁ、親父殿自身、そう言った知識が乏しかったのもあるが、そんな状態であっても元請け会社は仕事を振ってくれたし、また仕事は山のように在ったのだ。……そう、あの昭和六十年代、今は誰もが幻としか思えないような超好景気時代。
――それこそ泡のように消えて失くなった『バブル景気』という物が……。
そんな時代に、急成長を遂げてしまった彼の会社。しかも、彼の育ちは九州の片田舎で、集団就職組。高度成長真っ只中に下積みをし、独り立ちしても仕事が無くなる経験をしなかった彼にとって、ある意味仕方なかったのかもしれない。バブルが弾け、金融機関からの執拗な返済に、貸し渋り。手形商売を続けていた会社は軒並み潰れていくしか無かったのだ。
――結局、親父殿と再会できたのは、会社倒産後、十年以上後になってからだった。
おっと、またいつの間にやら話が別方向へとズレてしまった。まぁ、そう言う経緯でいつの間にか出来た会社である。故に彼の会社に集まった連中も、初めは全てバイト連中だったのだ。最初に雇った手元の一人(後にこの彼が最初に独立した先輩)が、高給だと友人を募り、気づけばその仲間が集まって十人程度の職人集団に育っていったのである。勿論、人が集まり始めると、その会社は厚遇されていると噂が立って、気づけばきちんとした職長も増えて行ったのである。
……崩壊も一瞬だったが。
で、私の入った新しい職場の社長は、先述の通り。元バイトから叩き上げた職人上がりの人である。
――が。
大学をきちんと卒業した、お人なのである。
あぁ、ほとんどの人にとって、『大卒』がなんだ? と思われるでしょう、それは同世代の方々にも。えぇえぇ、そうでしょう。私の世代であってもテレビでは就職などはどんなに売り手であっても、会社説明会は大学生が殆どでしたし、リクルートスーツを着込んだ若人たちが、会社に接待を受けている場面を何度見たことか。……都市や、都会の人間にはそれが当然だったと思います。ただ――。
恐らくは地域性と言えば良いのか。それとも経済的理由といえば聴こえが良いのか……。
私の育った学校で、同窓会で出会った連中の中、大学進学をした中学卒業生は誰一人居なかったのである。故に身近で大学の講義がどうだとか、サークル関係のノリで話をされた所で、当時はついて行けなかった。
そんな先輩では在ったが、事、人生の経験という意味では色々お世話になった。……何しろ、それまでの私は、どちらかと言えばドロップアウト側の人間である。揉め事が起きれば大体暴力で解決していたし、楽しかった思い出の殆どは、そう言った連中としか作ってこなかった。いや、別にそれが駄目だとか、嫌だったわけではない。ただ、そういったある意味で特殊な思い出ばかりだと、いざ『大人』になった時、一般常識が少しズレてしまうのが嫌だった。現に我が父の失敗を見、ドロップ・アウトしていった先輩を幾人も見たのである。
……なぜ嫌だったのか。
私は恐らく「変な人」だと思う。それは今を持ってなお、自覚しているのだが。
幼少期、私はお山の大将的な態度を取った挙げ句、見放され、無視されるという苦い経験をした。そうして内向的に性格が捻じれ、それに反して肉体的には暴力肯定派という、歪な存在。そんな相反する状態のまま成長し、多感な時期に友人をごっそり入れ替える引っ越しを経験する。そうした場所で自分を変えようと頑張ってみたがまた失敗し……。結果、弱い立場を経験した暴力的には強いという、変な人間が出来上がってしまった。
当時はまだ認知されず、下手すれば「キモい」と言われた「オタク文化」にハマってしまい、そんな友人も出来た。そんな連中の隣には十五歳にして酒を飲み、日夜バイクを乗り回し、警察沙汰も日常茶飯事と笑いながら言う友人も居る。そんな両極端な友人と、私は常に同時進行で付き合いが出来、たまにそんな友人同士を一緒くたにして遊んだりもしていた。
初めは困惑したりもしていたが、彼らもそんな中でいつの間にか互いの接点を見つけ、仲良くなったりもしていたが、大概は「別にしてほしい」と言われることもしばしばあった。
……今、書き連ねてみて改めて思う。
――超変な奴だな。
……ま、まぁ、そこは今置いておくとして、要するにその「
そんな、「変なやつ」である私に、本当の意味で「一般常識」を
――普通、そんな事はしないし、考えないぞ。
……と。そう、ここで大事な言葉「普通」を私は教わった。
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