第21話



 ――弱り目に祟り目とは、この事なのか。



 先の事件から数ヶ月。引っ越しも無事済ませ、腰の疵痕きずあとも唯の程度に落ち着き始めた頃。私の環境は違った意味で一変していた。



 ――所謂、な存在になって居たのである。


 ……当然では有るが事件の事は他言していない、相手の心情を鑑みれば当然の措置だ。ただ勿論、あの日から彼女と会った事はないし、それを彼女も望んではいないだろう。そうして当然では有るが、あの時一緒に居た女性については、連絡先すら聞いていなかった。携帯電話が個人に普及はし始めていたが、当時はまだ所謂ネット機能やカメラも付いていない、ただの電話だったのである。


 この年、着メロ機能や新しい携帯電話会社が産まれ、その後『ガラケー』新時代が起こっていくのだが、それは別のお話。


 ではなぜ私がフリーになってしまったのかと言えば……。


 ココまで話して来た中で、お忘れかもしれないが、私は一人っ子ではない。私の四歳下に、妹が存在している。


 ――そう、のである。


 ではココでもう一度、当時の私の年齢を言っておくと、平成九年、西暦では1997年。つまり二十七歳である。……で、妹はその四歳下になるので、二十三歳。彼女は高校卒業後、一度就職したのだが、その就職先が『歯科医院』の助手だった。ただ、何の資格も持っていなかったために、思ったより給料が良くなかったらしく、何を思ったのか一念発起して、看護学校へと一年遅れで入学し見事、准看護師としてとある病院で働いていた。


 ――なぜ、こんな話が出てくるか。


 ……はい、くだんの事件の際、私が入院した病院ありますよね。あぁ、違いますよ、そこに妹が勤めていたとか、そんななものじゃありません。えぇ『ちゃち』なものでは有りませんでした……。何しろ、その病院の事務員さんが、のお姉ぇさんで、妹の勤める病院に彼女『本人』が同じ事務員さんで働いていたんですねぇ。


 ――世界は広いようで、時に残酷な程、狭いものだ。


 ――このおしゃべりさん達ぃぃぃぃ!


 お陰で、私の噂は両病院で広まり、ベッドで横になっている私の病室へ来た時の『彼女』の表情……。見舞いだと言っておられましたが、一切の会話はなく。去り際に封筒だけを私に渡して行かれました。勿論中には、贈った指輪と合鍵が、どちらもで潰されて……。


 いやはや、女性というものは本当に怖いものだと本能で悟りましたよ。結局、どこをどう廻ったのか、私の話は付き合いのある女性にあっという間に伝わることになり、全ての女性から愛想を尽かされ、泣かれ、時には大きな紅葉を頬に描くことに。



 ……でも、だからこそ。


 私の辛く苦かった、あの初恋は、彼女たちの強かさを見せつけてもらえたお陰で、少し吹っ切れた気がする。


 実際、その後私は女性と簡単に寝る事はなくなり、お付き合い自体もすぐにはしなかった。


~*~*~*~*~*~*~*~


 仕事にも幅ができ、接待や営業の真似事すらし始める様になる頃、親父殿……社長が会社に不在しがちになった。当時は彼もまた仕事が忙しく、事務所に居ない時があったので気にもとめては居なかったのだが、そんな『兆候』に私は気づくことが出来ないまま、職人たちと一緒に充実した毎日を過ごしていた。



「……すまんけど、今月の給料、役職付きは少し待ってくれ」


 待ちに待った給料日。


 早々に職人連中への給料を手渡し、何故か私達職長クラス以外を帰した社長の口から、そんな暴言が聴こえてきた。当然役付き連中は『何故?』となるわけで、社長に詰め寄る。そうして得られた答えは「メーカーからの受注金額の低下」と「資材購入品の急激な圧迫」と言う。



 ……よくよく考えてみれば、それは当然の結果だったのかもしれない。何しろうちにはそう言った「管理部門」が初めから『存在』していなかったのだ。


 現社長(親父殿)は昔気質の親方気質で、どんぶり勘定。仕事に必要とあらば高価な工具であってもすぐに購入してしまっていた。材料費についても、一級品しか扱わず、なのに工事費はメーカーに従って下げてきていたのだ。そう言った細々とした積み重ねが『負債』として積み上がって行き、気づけば取り返しのつかないところまで切羽詰まっていたという。


 当然だが、職人達は、そういう面でもシビアなもので、会社の懐事情を知った途端、まるで何もなかったかのように、すぐに居なくなってしまった。……さすがの社長も今回の件はかなり頑張っていたのだろう、実際何度か同じような経験もしていたらしいが、今回の負債はどうにも出来なかったらしい。


 ――次月、親父殿の会社は不渡りを出してしまい、連鎖的に銀行からの差し押さえと同時に、倒産してしまった。



 ……じゃあ、月三十五でいいなら、うちで働けよ。


 倒産し、その数日後に会社に顔を出してみれば、綺麗にもぬけの殻だった。資材は、材料屋が一斉に引き上げ、工具、道具は差し押さえられていた。幸い、私の持ち工具や手持ち道具は自分の車に積んでいたため、取られる事はなかったが。空っぽになった事務所をガラス越しに眺め、連絡のつかない親父殿の電話を切った時、仕方ないと暖簾分けして独立した先輩へ連絡した時に、そう言われた。



 平成十年……まだ夏が始まる少し前、私の初めて勤めた『会社』はそうして泡と消え、貰えぬ二ヶ月分の給料と、消息を絶った親父に少しの憐憫を覚えながら、「次こそは」と先輩の会社へ向け、車を走らせた。


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