第19話ー1


 今回のお話は長くなりそうなので分割します。




 ――それは私が免許を取得して『職人』と呼ばれ始めた平成七年の出来事、……いや、1995と言ったほうが良いかもしれない。


 免許を取得し、作業車両を一台与えられ、道具を使い熟せるようになって既に五年以上の年月が過ぎ、やっと正月ボケが抜け始めた一月半ば過ぎ。私は大きな人生経験を積むことになった。……勿論、この五年で仕事の経験は沢山積ませてもらった。会社自体もそこそこ人が増え、取引先も家電量販店から、メーカー直下の一次請けも出来るようになった。取り扱う機器も家庭用のエアコンや家電製品から商店……果てはオフィスビル丸ごとの空調管理施工を行えるほどにまで。お陰で、付き合う会社も様々になり、メーカーは勿論、大手建設業、電設業関連まで多岐に渡り、それこそ目が回るほどに熟す業務は増え続け、それに合わせて幾つもの資格免許も必須となり、週に一度の休日は、殆ど資格授業で埋まり。そうして気がつくと、幾人かの昔気質の『肉体言語系職人』は、それに嫌気が差したのか、たもとを分かって行った。


 わからなくもない。あの頃はまだまだ昭和の「精神論」「根性論」で、個人事業主は「口約束」がまかり通っていたし、土木や土建業にはその筋の人間が居た。だから地元の結び付きが強く、建設業界は『横の繋がり』を無視できない。地主はそう言った連中と値を上げる事に必死だったし、そう言った連中の後輩やそれに繋がる個人企業や、言わばの人間たちがまだまだ幅を利かせていたのだ。


 かく言う私だって厳密に言えば、そんな先輩はいくらでも名を上げることが出来た。素行が良かったわけでもない、いやはっきり言ってしまえば、そっちの方がしっくり来る時すらある。


 でも。


 それは。


 それだけは嫌だった。


 不良に憧れたわけでもない。……只、我が身を守るために自身で戦っただけだ。……あの最初の分水嶺から、常に最善をと選択してきたつもりだ。故にここでそんなしがらみで元の木阿弥なんて絶対にしたくはない。


 去っていく人間たちを横目に、この時だけは本気で勉強した。その頑張りが実った結果、高卒の私が、堂々と都市部のオフィスビル群の中、今や全国的に有名なメーカーの会社の大きな応接間で、当時の大阪支社長とお話を出来るようにもなって居た。


 ――正確には、社長(親父殿)の金魚のフンだっただけだが……ゲフンゲフン。


 なにはともあれ、そう言った経緯も有り、右肩上がりで成長中な我が社。関係先は大阪だけに留まらず、兵庫、奈良方面にも顔が利くようになり始めた頃だった。



◇  ◇  ◇



 その日の朝も、私は五時過ぎに目を覚まし、ごそごそとベッドから抜け出して、洗面に向かう。家人はまだぐっすりと就寝中、トイレと洗顔、歯磨きを終えた私は自室で作業服に着替え、テレビを消音にして点ける。画面の左上にはと表示されている。部屋のリビングボードの上に置いた水槽を眺めると、ネオンテトラが気持ちよさそうに泳いでいるのが見え、コリドラスが水槽についた苔を掃除しているのか、フヨフヨと揺れながら上下していた。


「……餌、あげるからなぁ」


 水槽に向かい、小さくそう呟いてから、ボードのガラス扉に手をかけ、中に置いたテトラ用のフレークが入ったボトルを持った時。不意に何かの音が聴こえた。


「……なん――!!」


 言えたのはそこまで。次に耳朶に響いたのは「ズゴゴゴゴゴ!」と何かを引きずるような地鳴りと微かに響く、ビビリ音。


(なんや?! やばい!)


 思ったのはそれだけ。次の瞬間、私はすぐさま、水槽にしがみついた。


 バシャバシャと大きな音を立て、左右にこれでもかとシェイクされる水槽。同時に轟音の中、地が揺れる。キッチンからは立て続けにガラスが割れる音が響き、家具が揺れているのかガタンゴトンと大きな音を立てている。そこまで自覚したとき、やっと自分の思考が戻っているのに気がつくと、私は大きな声で家人の名を呼んだ。


「〇〇! 〇〇! ▢▢! ▢▢! 大丈夫か?!」


 当時、私はまだ実家で、妹と母の三人暮らしだった。実家は大きな公団住宅で、築浅だったことも有り、被害はそこまで酷くなかったが、地震対策などは全くと言っていいほど考えていなかった。



 ……なぜ?


 今の時代を生きる若人なら、そんな考えになるだろう。幾つもの大きな「震災」を知っているし、動画を見れば幾つも「それ」を認知できるから。……だが皆さんはお知りだろうか、そんなほぼ毎日のように垂れ流されている動画サイトというものがいつから存在するか。今や誰もが知るGAFA。そんな中でもグー◯ルはそのサイトの筆頭であるだろう。でも、そんなヨウツベですら、日本語サービスが開始されたのは2007年頃である。


 ――ここで冒頭の言い直しをした、西暦表示の意味がおわかりいただけただろう。この時代、インターネットはまだ普及していないのだ。携帯電話の普及率も低く、通信手段といえば専ら「ポケベル」だった時代である。そして、この西暦でわかる通り、この年の十一月『ウインドウズ95』が発売され、日本でもインターネットは普及していく。


 故に、それ以前に起きた地震で、皆が記憶しているのは関東大震災や、南海大地震と言った「有名」なものしか知らなかった。実際は1994年に青森で、その前年には北海道で同じようなマグニチュードの地震が起きていたにも関わらずだ。


 ……これを是か非か等と問う気は当然ない。


 ただ、今の時代はそう言った意味では、豊かになったと言える。それをどう扱うかは別として……。



 

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