第19話-2



 ――今回のお話は小説風に進む場面が多く有るとともに、際どい描写などが含まれる場合がございます。





 時間にしてみれば一分もなかったろうか。……が、その結果としては悲惨を極める事になって居た。自室は水浸しとなり、熱帯魚はその飛び散った水の中、パクパクと口を動かすだけとなっている。かろうじて水槽に残った者たちも、殆どなくなってしまった水量のせいで、ぷかりぷかりと、腹を見せていく。


「……クッソ、何やねん、思いっきり揺れたやんけ!」


 どこに当たる訳にいかず、ただ無性にムカつき、悪態だけが次々と出る。水浸しとなった作業服のまま、自室の襖を開いて廊下に出ると、眼の前には驚いた表情でこちらを見る妹が居た。


「怪我してないんか?」

「……え?! あ……うん」

「オカン! オカン! 大丈夫か?」


 チラと妹の体を見、どこにも怪我がないと分かるとすぐさま、キッチン横の部屋で寝ている母を呼んだ。


「……何ぃ、五月蝿いなぁ」

「……は?」


 母の部屋はキッチンと続きの間になっている、所謂公団住宅の構造だ。玄関ドアを入って左右に、私と妹の私室があり、短い廊下を進むとキッチンに出る。その左側が和室となっており、母はそこを使っていた。キッチンと和室の隔たりは襖一枚であり、ベランダ側に壁は存在するが、一間もない。言わば、キッチンと母の和室は同室のようなものなのだ。故に家具も多く、キッチンには食器棚に冷蔵庫。大きな四人用の食卓も置かれている。和室には母の嫁入り道具だった、大きなタンスが二竿置かれており、勿論母の大好きなテレビも木製台の上に鎮座していた。


「……うわぁ、食器ぐちゃぐちゃやん……って、お母さんもしかして気づいてないのん?」


 私のすぐ後ろから、キッチンに入ってきた妹が、家具は倒れていないが、細かいものが飛散した部屋を見て嘆き、次に和室の布団で眩しそうに目をしょぼしょぼしている母を見て、嘆息する。


「気づいてないって何が……っていやぁ!」


 言いながら母が身体を起こそうとした瞬間、余震が起きる。最初のものより随分小さかったそれが収まると、やっと母も気がついたのか、私の方を見て呟いた。


「……お兄ちゃん、なんでずぶ濡れなん?」

「うん、部屋の水槽がめっちゃ揺れて……って違うやろ! 地震や地震! でっかいのが来た――」

「……お母さんはやっぱ天然やな」



◇  ◇  ◇  ◇



 当時、あんなに揺れた私の自宅ですら震度は四。耳に響いたあの地鳴りは今も、鮮明に覚えている。母の天然ボケで安堵したのも、束の間。部屋を片付け、会社に向かったところで、事の大きさを知ることになる。


 事務所に入ったところで、受付横に備えられたテレビを皆が凝視している。


「おはようございま……どうしたん?」

「テレビ!」


 社長をはじめ、主だった職長たちが指差すテレビを見た瞬間、俄にそれが現実だとは思えなかった。


『――御覧ください! これが現実なのでしょうか?!』


 黒煙が上がり、幾つもの何かが燃えている。朝八時をまわり、曇天の中、ヘリコプターから送られてきた映像は、信じられないモノばかりだった。


「こ、高速道路が!」

「そこらじゅうが火事になってるがな!」

「……うわぁ」


 心音が跳ね、嫌なものがじっとりと背を這う。映像は鮮烈で強烈。ハッとして、私が声を上げようとした時、同じ考えに至った社長が声を上げる。


「おい! 兵庫方面の関係先、すぐに電話しろ! 自宅が分かる人は自宅にも掛けろ!」


 言われて皆が電話に齧り付くが、当然どこにも繋がらない。……どころか、不通音すら聴こえない。


 そこから会社は大忙しとなる。普通に一週間ほど、兵庫方面の会社には連絡がつかず、付いたとしても当然仕事になどなるはずもない。社長や、営業の者たちは関係会社と協議のため不在となり、残った連中で出来る仕事を熟して行くしかなかった。




「復旧支援を行うことになった」


 震災の一週間後社長の鶴の一声で、我が社の方針は決まった。すぐさま、営業は警察へ相談に行き『災害特別車両』の許可証を交付してもらい、当時通行禁止となっていた、兵庫方面への高速道路を乗り入れるようにして貰い、積めるだけの資材や支援物資を積み込み、一路連絡の付いた三宮の会社へ向かった。



*~*~*~*~*



 あの光景は今も鮮明に頭の中に残っている。


 そこかしこに崩れたコンクリートの瓦礫。歩道などにもそれらは溢れかえり、人々が皆、車道にまで溢れて歩いている。国道二号線はほとんど渋滞したまま動かず、かと言って、肝心の四十三号線には高速道路が横たわっていて勿論行けない。ジレジレと牛歩より遅い進みで進んでいくと、目に見えるのは寒空の下、幾重にも重ねた部屋着で、崩れた瓦礫の長屋の奥を覗いて佇む人。ただ、がむしゃらに崩れた家屋を掻き分けて、誰かを呼び続ける人……。



 ――現実なのかこれ?



 当時の私に、それが現実だと受け入れるには、あまりに現実離れしていて、どこかの紛争地帯のテレビ画像なのかと思ってしまう。動画がまだ普及しておらず、戦争時代すら知らない。


 ――本当の意味で世間知らずだった。




 

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