第37話

剣と剣を交え、育まれた友情。


鉄は熱いうちに打てという。


私はだいぶリアを驚かせることにはなるだろうとは思ったけれど、

その晩、いろいろ込み入った話もしたいこともありラグリスを屋敷に招待した。


そして――――――


「リン!!お帰りなさ―――――――っ!!」


屋敷に帰るなり共にいる男性を見てリアは固まった。


「あっ……え、えっと……。」


不快。


そういう感情ではない。


ただただ戸惑っている様子のリア。


そんなリアを見てラグリスもバツが悪そうにしていた。


私の口からは何も説明はしていない。


してはいないけれど、私が”すれ違い”というのだ。


自身に何か誤解をしている点があるのだと察しているラグリスは

今までの行動のせいか、どんな表情をすればいいかわからないかのように見えた。


「リア。驚かせてすまない。けれど、何も悪い様にしようというわけではないんだ。

ラグリスは君の話をしっかりと聞きに来てくれたんだ。」


「……私の、話を?」


周りに人がいるからか女性のように話すリア。


そんなリアを見ていっそう何とも言い難い表情になるラグリス。


このまま長くこうしていてはいけないと私はセバスチャンに急ぎ食事の支度をさせ、使用人全員を下がらせ、3人だけの空間を作り出した。


「……せっかくの食事が冷めては―――――と、言いたいが、今のままではお互い食事が喉を通らないだろう。私が二人に保証しよう。互いにすれ違っているだけで、二人が話をしたのち、互いが不快になることはきっとないだろう。さぁ……リア。いつもの勇敢な君らしく、勇気を出して。」


リアは何度も話そうとしたといっていた。


その度にラグリスの視線に言葉を失ったと。


けれど今は違う。


ラグリスには話を聞く準備ができている。


それがリアにもわかったのか、リアは深呼吸をして話し始めた。


「……ラグリス、こんな格好で説得力はないかもしれないけど、

別に俺は男色家じゃない。その……ラヴェンチェスタ伯爵が俺をバッカス侯爵に

売るために俺を女として育てて、その……男に気に入られるような教育を施されただけなんだ……。」


私の本当の性別についてラグリスは知らない。


それが余計に事をややこしくしているのかもしれない。


とはいえ、陛下と使用人、そしてリアしか知らない事実を明かすにはラグリスとの関係は浅い。


リアの秘密を言いふらさないところを見ると口は堅いだろうが、女に負けたという事実にラグリスが深く傷つく可能性もあるため、性別を明かすことは避けたかった。


そんな意地のせいで男と婚約しているリアがいっそう疑いの目を向けられるのは

心苦しかった為、私は私なりに考えていた婚姻理由を話した。


「私たちの婚姻は所謂互いの利害の一致によるものなんだ。リアはバッカス侯爵に売られたくなく、私は令嬢たちのアタックを避けたかったんだ。いずれは子を設ける気はあるものの、現時点で女性の伴侶は不要だ。恋愛対象は異性であることに変わりはないが、私は今、自身の未来の為に勇敢に立ち向かう彼を応援したいんだ。それが私たちの関係、そしてリアの真実だ。」


受け入れてくれ、なんて言葉は言えない。


どんな事情があってもその事情を理解し、受け入れるかは誰にも乞うことはできない。


だからこそ私は願った。


終始バツが悪そうな表情の彼がこの事情を”理解”してくれることを。


そして―――――――


「…………はぁぁぁぁ~~~~~~。何というべきなんだろうな。

俺は……自分でもわかってたんだ。被害者ぶっているだけだってさ。

……カリア、お前が”初恋”だったんだよ。だから真実を知って傷ついたし……

勝手に騙されたと思って、憎むことでしか感情を整理できなかった。悪かったよ……。」


盛大な溜息を吐くと言い出しづらそうに言葉を語ったラグリス。


”初恋”を語られてはリアもどうしていいかわからず、頬を赤らめながら苦笑いを浮かべていた。


だが、何はともあれ―――――――


「俺もごめん……。ラグの事、頼らなくて……。」


”頼らなくて”。


その言葉を聞いた瞬間、私は理解した。


きっと当時ラグリスとリアは愛称で呼ぶような中で、

何かあったら頼って欲しいとラグリスは言っていたのだろう。


けれど――――――――


(頼ってもらえない。それほど虚しいものはないからな……。)


なんとなくだが、ラグリスは”男色”云々はさておき、好きだと思う程大事な人間に

”頼ってもらえなかった”という事実がこたえたのだと思う。


何故なら――――――――


(リアはいつだってすぐ近くに居るようで、どこか手の届かない遠いところにいるようで、もどかしくなるからな……。)


リアは勇敢だけど気が弱い。


そのせいで時折言葉を飲み込む。その様子が私にはひどく、酷く――――――


(無力感を感じる、というのはばかげた考えだろうか……。)


本当に助けたい。


そう思う時ほど手を伸ばせなくなる。


もう少し手を伸ばしたい。


そう思うけれど、どれだけ水を注ぎたくとも、

水を受け入れる受け皿が無ければ水は零れ落ちてしまうように、

どれだけリアを救いたいと願ってもリアが望まない限り私は無力で、

その無力感を知っているからこそ私はラグリスの気持ちが理解できてしまうのだった。

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