第38話

「それじゃ、おやすみ……二人とも。」


食事を終え、しばし歓談した後、

リアは自室へと戻った。


そしてリアを見送った私とラグリスは改めて向かい合い、

席に着いた。


「で、どこまで情報を握ってるんんだ?」


私の剣に惚れ、尊敬しているといっていた際の

浮足立った感じはなく、黒薔薇騎士団の団長として私と向きあう

ラグリス。


非常に立派だ。


そう思わずにはいられないほど既に団長の風格を漂わせていた。


「ほとんど掴んでいないのが現状だ。しいて言うならリアを連れ戻そうと何度かファントムを送りつけてきたんだが……。」


私はファントムの手先の割には誰一人としてまともな手ごたえの者がいなかったことを口にした。


ただ――――――


「私がひどく悩んでいるのはこれが罠なのか、我々がファントムを過信しているのかというところだ。黒薔薇騎士団の団長としての意見を聞かせて欲しい。」


ファントムは優秀な組織と名高い。


とはいえ、我が屋敷に攻め入ってきたときは私が侮られていたのか、それがファントムの実力なのか、大したこともなくセバスチャンに片付けられていた。


私は今、ファントムという組織の評価をどう見るべきか悩んでいた。


「……ファントムについては情報は少ない。だが、今ファントムは2つの勢力が派閥争いをしていて、酷く不安定な状況下にある。おそらくだが……ラヴェンチェスタ伯爵に手を貸す派閥は少数派なんだろう。」


「少数派?」


今まで知る由もなかったファントムの情報。


別に聞き出したいという思いがあったわけではないが、私は疑問に思ったことは素直に口にした。


そして――――――――


「あ~……なんというか、だな……。ファントムには暗黙の了解があるんだよ。一つはリーリス・ヴァ―ヴェル公爵に関する件からは手を引くこと、だ。つまり、何が言いたいかアンタならわかるだろ?」


いいたいことが解るだろ?


そう言われて私はハッとした。


とりあえず自分が何故そう言われているかは想像できた。


百害あって一利もないかもしれないという対象だという事があげられるだろう。


私の剣の実力。


うぬぼれるつもりはないが、ファントムが相手でも後れを取るどころか

優位に立てる自信がある。


そしてそんな私に手を出すという事は――――――


「なるほど。どんな仕事でもNOと言わない少数派がファントムに生まれ始めている、という事か……。」


百害をもたらす人間。


そんな人間を手にかける依頼はかなりリスクが高い。


だから――――――


「リスクを冒す旨みがある、か。」


少数派はおそらく”ファントム”に所属することで自身たちの雇用価値を高め、

逆に”ファントム”という組織の質を落としているのだろう。


しかし”誇り”で生活ができるわけもなく、得られる恩恵はすべて得たうえで

誇りよりも”旨み”を優先するものがいるだけのこと。


とはいえ―――――――


「今までそんなことが無かったことを考えると……ファントムのトップでも変わったか?」


ファントムは徹底的に統率された組織だった。


そんな組織がほころびを見せ始めているという事は必ず大きな変化が何かしらあったという事。


そう思った私の予想は当たっていたようで、ラグリスは静かに頷いて見せた。


「詳しいことはまだ調査中だが、先代のボスが毒殺されたらしい。」


「……毒殺、ねぇ……。」


非情にあり得ないことを言う。


ラグリスの言葉に一番最初に抱いた感情がそれだった。


(ファントムのトップともあろう者が毒殺されるなどありえるのか……?)


その道のプロともいえるファントム。


自身たちが使う手に落ちるほどのものが優れた統率力を見せ組織を率いるなどできるのだろうか。


ましてや―――――――


(ファントムという組織を率いていたという事はトップであった物もそれだけの実力者であったと考えるべきだ。それこそ、圧倒的な力で畏怖すら抱かせないと”誇り”よりも”財”を求める者たちの統率など叶うのだろうか……。)


調査中。


何をおいても結局その言葉が前面に出てきてしまう。


あくまでこの会話は情報交換という名の”噂”のようなものを話す場となっている。


だが―――――――


(有益な情報は手に入ったといえば入ったか。)


「狸と戯れるのは私に任せろ。私に脆いおもちゃを送りつけてくるという事は

奴は今愚かにもおもちゃの価値を理解していないようだ。」


恐らくラヴェンチェスタ伯爵は”ファントム”なら私をどうにかできると思い、なんなら”ファントム”に助力を得れた自分を過信さえもしているだろう。


(直接的にかかわったことはないが……そろそろかかわってみるか。)


潜入などは得意ではない。


だから、すこし苦手な分野だが泳がせてみよう。


(策を練るのにあいつの力は借りなければいけないだろうがな……。)


私は軽くため息を吐き、顔をあげるとラグリスへと視線を向けた。


するとラグリスはひどく驚いた表情をしていて私も驚いてしまう。


「な、なんだ……?その顔は……。」


私に問われ、ラグリスは視線を逸らすと小さな声で言葉を発した。


「い、いや、その……以外で……。貴方はその、考えるよりも先に剣を揮うタイプかと思っていたので……。」


「…………は?」


バツが悪そうに視線をそらしながら言い放たれる言葉。


その言葉に私は不快感を隠せなかった。


つまり――――――――


「お前は私が大して頭の回らない血の気の多い戦闘狂か何かだと思っているという事でいいのか?」


「い、いえ、そういうわけでは―――――――」


私の気迫がすごいのだろう。


友人となったのにまるで上司に叱られ、委縮している騎士のような姿になるラグリス。


そんなラグリスを見て私は悪戯心が働いた。


「あぁ、そうだ。私は血の気の多い戦闘狂だ。狸狩りができないうっぷんをお前で晴らさせてもらおうじゃないか……なぁ?ラグリス……?」


私はにっこりとほほ笑み、ラグリスの胸ぐらをつかんだ。


そして―――――――


「ちょ!?ま、なっ!ヴァ―ヴェル公爵!?しま、締まって……首が締まってますって!!!!」


私はラグリスのジャボを力いっぱい引っ張り、武錬場へと向かった。


そして朝まで再び私と剣を交えさせたのだった。

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