第72話

「それはまことにありがとうございます」

 メルショルはふたたび礼をのべる。内心、手応えに口角をあげていた。そして次の手札を切った。

「まずは和睦ではなく、それぞれの人質の交換をしませんか」

 この発言の意図は目標よりも易しい事柄を成就させることで“実績”をつくり、和睦に向けての足場をもうけることにある。むろん、これも千代女と勘助の入れ知恵だった。ただ、この話は誰が切り出しても通用するというわけではなく、あくまで切支丹にして命がけの交渉に臨んできたという評判の広がっているメルショルだからこそ天使たちも聞く耳を持つ。

「それは」「なるほど、たしかにそれならいきなり和睦するのに比べれば受けれやすい」

 こちらの意図を読み取り、天使たちも再度首肯した。人質の交換にとって、双方の緊張を少しでも緩和することにつながり次の段階への足場となることがわかっているのだ。

 そこからは話が順調に進んだ。どういった面々と交換するのか、日取りは、場所はといった詳細が詰められた。

 最後に、天使たちとメルショルは抱擁を交わして談合を終える。

 交渉が進んだことに安堵した。だが、メルショルの緊張のすべてが解けたわけではない。むしろ、今のやり取りと同等以上に重要な一件が進行している。

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