第70話

   六


 半月近くの交渉をつづけた結果、南蛮浄土の穏健派の属する天使と談合を取持つことにメルショルは成功した。

 ただし、当人が参加すると総大将にして最大の保守派の天使ウリエルに目をつけられる危険があるため、名代として日の本の軍勢における物頭の地位に当たる天使が地獄の支城のひとつに集結した。

 それぞれに正義、主義主張があることは嫌というほど理解している。

 正義は戦を防ぎ得ない。正義同士のぶつかりあいこそが戦いだ。では衆議が平穏の礎となるかといえば、地上で“百姓の持ちたる国”加賀の一向一揆衆の所業を見ればそれもまた危ういことは自明の理だ。

 だから最低限、互いの領分を犯さない範囲で相互を認めるしかない。

「まずは、これらをご覧になっていただきたい」

 メルショルは唐土製の椅子を用意して車座になった天使たちに書状を鬼卒を通して配った。今日は個々との交渉で警戒感を薄めるという必要がないため、新たな地獄の軍監として茨木童子の跡を継いだ星熊童子がメルショルの後ろに端座していた。大兵肥満で柔和な顔立ちをした鬼だが、その目には兄の茨木童子に似た知的な光が宿っている。

 ちなみに囚鬼に軍監が任されるのはどこかの家中に属しているわけではないという中立性のためだ。また囚鬼の身分からの解放を求めているため彼らの武働きは他の士卒に比べてめざましいものが在る。

 他にも、千代女、勘助、岩布がメルショルの側に椅子をならべて座していた。

「『天竺、唐土、韓国(からくに)、日の本の彼岸の地は譲ることを許さない』とこの書面には記されているが」

 数人の天使のひとりが鋭い目でこちらを見る。

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