第66話
「そも、地獄が南蛮浄土に窮地に立たされたのも、戦が絶えて久しく、軍法を忘れておったため。そのあいだには、むろんのこと間諜の技も錆びついておろう」
「その点においては、乱世の只中で生きて死んだ日の本の者のほうが優れたものがある、と」
千代女の問いかけに道鬼斎は、さようだ、とうなずいた。
「たしかに膂力やその他の身体の力に人は及ぶもつかぬ。鬼道を使える者の数も鬼と人では比べものにならぬ。それは南蛮浄土の天狗(天使)どもも同じ」
千代女と道鬼斎のやり取りを耳にしていて、メルショルはふと脳裏をかすめた考えがあった。
地上でおのれは切支丹を守るためにときに剣をとっていた。
しかし、耳目を広く行き渡らせるということを怠っていたのではないか。
醜い争いに目を向けたくない、と豊後大友家の動きから目をはなしていなかったか。
もし、感情を押し殺し大友家の動向に目を配っていれば、大事な人の忘れ形見を死なせずに済んだのではないか。
今さら気づいても遅いことではある。だが、武力というものは時に入用で、かつ間諜の網目というのは常に張り巡らせていないとみずからの身を守ることはできないのだ。それが人の歴史の真実だ、と実感した。
「メルショルの了見はどうだ」
「いかにも、隠密働きを欠いては向後も我らの務めは叶わぬと思う」
道鬼斎の問いかけにメルショルは大きくうなずく。閻魔という上位者や信仰していた神の教えではなく、自分の頭で考えた意見としてそれは口にしたものだ。信仰(コグニチオネ)ゆえの言葉のように迷うことなく発することはできない。だが過ちを減らすためには避けられない道だ。
おいらはむずかしいことはみんなに任せる、そんななか岩布だけが暢気な意見をのべて残りの三人に苦笑を刷かせた。
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