第63話
五
ファヌエルは本陣をはなれ見晴らしのいい小高い丘の上に立っていた。側には赤髪で短髪の屈強な天使の姿がある。メルショルたちが本陣でウリエルをなだめた天使のごとく、どこか高潔さとは違う、退廃的な雰囲気をまとっていた。
「動きが漏れているということはないな」
「それはないだろう。そうであれば、あのウリエルが捨て置くはずがない。勝手を許すはずがないさ」
「俺たちの存在は隠しとおさねばならない」
「むろんだ、お互いやるべきことがあるからな」
ファヌエル、と相手ラグエルは真剣な表情で言葉を交わす。
「裏切り者っていうのはまってくもって息が詰まる」「息が詰まらない裏切り者っていうのは矛盾しているだろうが」
ラグエルの冗談に、ファヌエルも苦笑で応じた。お互い気心の知れた仲だ。
それから、両者は「陽動」「和睦の邪魔立て」などの言葉を口にする。
それにしても、とファヌエルは思った。
短い時間ではあるが、命がけの旅をともにした人と鬼、それに地蜘蛛には情が移っている。純粋な味方でいられないこと、ほんとうに歯痒い――。だが、あの“過ち”のごときものをくり返すよりは――ファヌエルの脳裏にひとつの光景がよみがえった。
死屍累々と天使の死体が積み重なり、それが見渡す限りつづいている。
それは天帝ヤハウエと反逆者ルシフェルによる天使を二分する戦いが引き起こしたものだ。そこに天帝に排斥された異教の神々、精霊が加わって凄惨な戦(いくさ)となったのだ。
厳格に過ぎるヤハウエに、人へのさらなる慈悲を求めたルシフェルの正義が衝突した。
その結果が、刀傷を受け、槍傷を受け、引き裂かれ、砕かれ、四散して地面に散らばる同胞たちの姿だ。死臭と静寂が大気に満ちている。仲間だった者たちが異臭を放ち、死の沈黙を保っていた。
あんな光景は二度とくり返したくない――ファヌエルは痛烈にそんな思いを抱いている。思い出すだけでも血の気が引くのを感じる。
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