第62話

「待て」

 予想外の者が声をあげたことに戸惑いの沈黙が広がった。

「茨木童子は旅路の途上でいっていた。『退屈を持て余し、地上に出た俺たちは酒呑童子を首魁に暴れに暴れた。無論、虐げられる人の心持ちなどみじんも考えなかった。したが、こたびの南蛮浄土との戦で仲間の多くを失って、俺もようやくそのことに理解が至った。こんなくだらぬ戦には早うけりをつけねばならない』」

 メルショルは立ち上がるやさらに声を張り上げる。手足に力がこもった。これ以上にないほど。茨木の遺した言葉に思い当たる節があるのか、囚鬼たちの表情のいくつかが悲痛にあるいは憂鬱に歪んだ。

「我らは旅の途上、二度、刺客の襲撃を受けた。なれど、茨木童子も含め誰も足を止めなかった」

 千代女がメルショルにつづいて毅然と声を発する。鬼に囲まれてもこの女人はみじんも臆することなく顔を昂然をあげた。

「茨木童子殿の遺志を継ぐのなら、矛を敵に向けてはならない、傷を負ってはならない、命を失(うしの)うてはならない」

 さらにメルショルが言葉を継いだ。今の彼にとっては神(デウス)への信仰(コグニチオネ)よりも確かなもの、義憤が彼を動かしていた。

 ある意味汚いやり口ではあるが“茨木童子の遺志”を持ち出すことで囚鬼たちの憤怒は完全にではないが鎮まった。暴発寸前であったことも考えれば不満がもれる程度なら上出来だ。

「どうやら、わしらなさねばならぬのは和議の交渉だけではないようだ」

 そこで、すぐ側にたたずむ勘助が仲間にだけ届く声でささやく。

 メルショルが怪訝な目を向けると、

「内にひそむ獅子身中の虫もいかようにかせぬと、和議など望めまい」

 と忌々しげに言葉をかさねた。

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