第61話
しかし、メルショルの前向きな気持ちを挫けさせようとするような出来事が翌朝、明らかになった。
「茨木童子殿」
メルショルと、和睦の交渉の仲間たちは陣の一角でその鬼の骸と対面する仕儀となったのだ。
背中、肩口にかけて深い裂傷、さらに喉首にも深い傷。
メルショルも兵法を修めた者の端くれとしてこれがどのような状況下における傷か推測がついた。誰かに無防備に背中をさらし、殺気を感知して攻撃に応じるためにふり返ろうとするも果たせず一撃を受け、さらにとどめを刺されたのだ。
茨木童子たち、罪を犯して捕えられ兵役につかされたの鬼の頭(とう)、囚鬼衆の鬼たちは「大将が呼んでいる」と使者が遅くに茨木のもとを訪れたと証言している。
しかし、それだけでは誰が黒幕であるかはわからない。
鬼の側の和睦を臨まない者の刺客か、南蛮浄土でなんらかの地位を約束され間者となった者か。ともすれば疑心暗鬼だけがつのってしまう状況だ。思考をめぐらせることが必要な折だが、他方で慎重さも求められる、矛盾のなかで胃の腑が静かに強く締め上げられた。
周囲に殺気だった囚鬼がたむろするなか、メルショルは茨木童子の側にひざをつく。
十字を切りかけ、やめる。もし、南蛮浄土の差し金ならこれ以上の皮肉はないし、メルショルのなかの信仰心はこれ以上にないほど薄らいでいた。
茨木童子と過ごした時間は短い。だが、死線をともにくぐり抜けたということは大きい。それに毒を受けた折には最終的に彼に命を救われた。その鬼が死んだのは結句のところ、南蛮浄土が攻めてきたことに端を発する。
「南蛮浄土の奴輩(やつばら)の仕業に決まっておる」「皆殺しにしてやれ」「仇を取るぞ」
囚鬼たちの口から憎悪の声がもれた。それは津波のように広がりかける、メルショルは焦慮に肌を焼かれ叫ぶ。
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