第58話

“十王麾下の将士による神出鬼没の攻撃”というのは勘助による献策による軍略で、大陸の奥へ奥へ敵を引き込みながら小規模の攻撃を仕掛けつづけ体力を消耗させるというものだ。これには、地獄に落ちていた多くの武将が参加していた。なにしろ、乱世の最中を生きてきた猛者たちだ、百戦錬磨といっても前回の戦と数百年の隔たりを持つ南蛮浄土の将兵と比べれば采配の冴えに前者に軍配があがるのは当然のことではある。

 また、

「そなたの心中察して余りある」「板挟みに遭うて辛かろう」「ジパングの者とて切支丹は切支丹」

 と天使たちが同情を示してくれたことも大きな慰めになった。

 ただ、天使の陣営を完全にはなれフェヌエルと別れたところで、

「忘れてはおらぬな? わしらが天使に襲われたことを。戦の終焉を望む者がおれば、そうでない者もおる。そして、表向きは賛意を示しながら腹の中では別のことを考える、さような者のことを忘れるな」

 勘助がメルショルに身を寄せてささやくような声で忠告する。

「そうだな、そうしねえと俺みてえに師と兄弟弟子に騙し討ちに遭うぜ」

 側で会話を耳にした善鬼が皮肉な口調で口をはさんだ。

“騙し討ち”とは、のちに一刀流と呼ばれることになる流儀の開祖、伊藤一刀斎が人柄などを見て善鬼には道統を継がせたくないと考えたのか、もうひとりの弟子、御子神典膳とほぼふたりで襲って討ち取ったことをさす。実体験を持つ者の言葉であるだけにそのせりふには重みがあった。同時に荒くれ者の善鬼の瞳の奥にメルショルは孤独の影を見た心地がする。

 その日の夜、メルショルたちは鬼の陣営の陣屋をひとりひとつずつ与えられて眠りについた。

 深更、静寂のなかでなにかが揺れた気がする。刹那、首が締め上げられた。あわてて目を開けるが襲撃者の気配はない。

 視界の端に映るのは。

 樹の根かこれは――。

 闇に半ば同化する色合いの、泥の付着した硬い物体が首に巻き付いていた。呼吸がさえぎられ、死、の一文字が急激に頭のなかでふくれあがる。

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