第57話

 ウリエルのいる陣幕の内を出てしばらく、天使が盤上で何やら駒を動かす遊戯などをして思い思いに時間を過ごす陣中の一角で、メルショルたちの進路に立ちふさがった天使がいた。

「フェヌエル様」

 彼はメルショルたちが天使の陣をおとずれた段階でお目付け役の任からはずれたため事前に別れていたのだ。

「俺はおまえが裏切り者だとは思わん」

 ファヌエルが天使とは思えない彼特有の荒っぽい口調で告げる。

「地蜘蛛の子の骸を見たときの顔を俺は見ていたからな」

 どうこたえていいか分からず、メルショルは口を開きかけて止まった。他方で、この天使が先ほど近くで盗み聞きしていた事実に気づく。その口調といい、つくづくメルショルの抱いていた天使像とは異なる言動をする相手だった。

「和睦のためには色々と知っておいたほうがいいだろう。俺が話を通してやるから、俺より立場が下の連中なら話を聞けるようにしてやる」

 暗に、あきらめるな、と告げるフェヌエルに具体的な方策を示されたことで多少なりともメルショルの心に意気がもどってくる。

「御意」「御意はやめろ、俺とお前の仲だ」

 うなずくメルショルの肩をファヌエルはやや乱暴に叩いた。

 それから、メルショルは側の千代女たち仲間に今のやり取りをつたえ天使たちに話を聞いてまわることになった。ただし千代女は、「妾は一足早く、とりあえず最初の交渉は不首尾に終わったことを知らせに行く」といって先に地獄の陣営のほうにもどる。

「我らが主はやや厳格に過ぎるところがあられる」「寛容さとはやや遠い」「戦が長引けば、南蛮の地獄の諸侯がどう動くか不安だ」「余の天国、地獄をすでに切りしたがえているゆえ、これ以上に手を広げれば果たして御しつづけることが叶うかどうか」「海の向こうで、十王麾下の将士による神出鬼没の攻撃もつづいており、消耗は予期した以上だ」

 声をひそめながらも、天使たちは決してはこの戦に乗り気でないことや戦況への不安を語った。

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