第50話

「なんでだよ、脅されたことを恨みに思って刺客を放った、はっきりとした理由があるだろうが」

「ここは今、きゃつの懐といってよい場所、始末したいのであれば将兵を動かし水も漏らさぬ布陣を敷くでしょ」

 かえって熱くなる善鬼に、千代女がうるさげに目を細めた。

「と思わせるため、人数を絞ったとも取れる」

 それにファヌエルが凶暴な笑みで異論をとなえる。事実だとすれば最悪の状況なのだが、それもまた一興というようすだ。メルショルは顔色を変え、ファヌエルのせりふを訳してみなにつたえる。むろん今までのやり取りもファヌエルに南蛮の言葉に言い換えて聞かせていた。

「俺たちが変成王から受けた脅しのごとく、すでに南蛮浄土に内通した鬼卒がこちらの攪乱(かくらん)のために刺客を放った、という線もある」

 茨木童子がファヌエルを威圧するように見やる。ファヌエルは意に介さず大きく肩をそびやかした。「そういうのは、趣味じゃあない」趣味で刺客など放つかどうかを決める者がいるのかと思わなくもないが、不思議とファヌエルはそれを納得させる雰囲気がある。

 ただ、やり取りに対してメルショルは口をはさめずにいた。

 こうして主屋に上がる前、床下から地蜘蛛の子を運び出したのだがそのあきらかに苦しんで息絶えた形相が焼きついてはなれないのだ。昏(くら)い気持ちが思考を鈍らせ視界を翳らせた。

 しかも、それを目の当たりにした変成王の馬廻は「ふん、蜘蛛が一匹死んだだけで済んだのは僥倖であった」と吐き捨てるのを耳にしている。鬼でも人でもない、そんな地蜘蛛の立場が端的にあらわれた瞬間だった。いったい、彼らにどんな責があるのか? かつて朝廷からのがれた豪族とそれにしたがった者たち、地獄の鬼たちにしてみれば闖入者だったかもしれないが、死すらも軽いこととして扱われるほど蔑みを受けなければならない理由になるのか。

 しかし、似たような光景をメルショルは地上で目の当たりにしていた。仏門や切支丹が互いに向け合う罵声、虚言の数々は、地蜘蛛に向けられたそれとよく似ている。

 昏い気持ちに会話が途切れ途切れにしか耳に入らないメルショルだったが、次の発言だけは、はっきりと聞こえた。

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