第42話
「さようなもの、臆病風に吹かれる亡者や地蜘蛛どもが悪いのだ、余の責任ではないわ」
「されど、これからのちに和睦を結ぶ仕儀となったとして、果たして今より優位に成就させる公算がお有りでしょうか? その時に地獄の力が弱まっておれば当然のこと、南蛮浄土は足もとを見て参りましょう」
「こちらが南蛮浄土に損害を与えることとてありえようが?」
ここで初めてメルショルが口を開く。
「南蛮浄土が後巻きを送る準備をととのえている、という話は聞いてございましょうか」
その一言に変成王の顔色が変わった。切支丹の発した言葉で説得力が違う。これも家臣を通じて王の耳に届けてある内容だ。
「まことか」変成王は居並ぶなかでひとりの南蛮浄土の当事者、軍監ファヌエルに問うた。
「戦の趨勢にかかわることであればお答えしかねる」
と申しております、とメルショルは会話を仲介する。これを受け、変成王はしばらく無言となった。のち、
「されば、余が南蛮浄土と通じて竺漢韓倭地獄の余の王と軍勢を滅ぼすのに手を貸すともうしたら、いかがする」
ファヌエルに目を向けながら変成王は怖いほど真剣な目つきでたずねた。
「ほう、その手がござったか」
みなが凍りつくなか、道鬼斎が豪胆にも返す。
「ところで、地上では織田前右府(さきのうふ)が御隠れになったお陰で随分と大変なことになっておりもうす。向後も人死には絶えず、このまま罰どころか詮議すら受けられぬ死者が増えつづければ、地獄の大地に染み込むはずの人の負の感情が魂魄(こんぱく)にとどまったままになりやがては地獄は枯れ果てることになりましょうな」
この最前の話題と関係のない話を耳にし、メルショルは理解した。道鬼斎が相手の毒気を抜き、対応策を考えるための時間稼ぎをおこなっている、と。
「さようなこと、この場になんの関係がある」「大有りでございましょう。飢えることとなるのは鬼の御仁らでございますぞ」
勘助が変成王とやり取りを交わすのを耳にしながらメルショルは頭を必死に働かせた。兵法もおさめている彼は真の成長は実戦の中にあることをその身でもって知っている。みずからの腕を磨くなら“ここ”だ。
「その儀、余の王の耳に届けば返り忠する前に討たれましょうな」
メルショルは賭けに出た。面魂は平静をよそおっているが、内心は心の臓を吐いてしまいそうだ。これなら、武士を相手に剣をふるったほうがよっぽど気分は楽だ。
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