第43話

「余が返り忠をいたすとして、そのほうらを生かして帰すと思うか」

「つまり、手を結ぼうとする相手の軍監をも手にかけると?」

「さようなうつけな真似、誰がいたすか」

「なれど、和睦の使者が陛下との交渉に向かったのちに消息を絶ったとなれば、陛下は責を問われましょう」

「その前に返り忠を済ませる」

 返事をする変成王の目は既に据わっていた。引っ込みがつかなくなっているのだ。それだけ重大で罪深い発言だったのも事実だ。追いつめられたメルショルたちが逆襲に出る、といったことも不自然ではない局面を迎えている。

 ここは、とメルショルは最後の賭けに出ることにした。頭頂部から爪先まで総身に力がこもった。

「ファヌエル殿、貴殿の軍勢は“裏切り者”と手を結ばれなさるか」

 返答がなされるまで、実際は一瞬だったがひどく長く感じられた。なさけないが、激しい吐き気が止まらない。

「ありえぬな」

 ファヌエルが険しい表情で首を大きく横にふった。

「元よりこの戦は、地獄がおのが軍門に下ったと判じられておられた天帝(デウス)に地獄の悪魔(デモニオ)が服従せぬかったがゆえのもの。さような了見のもとに動く天帝が裏切り者と合力するなどありうるはずもなし」

 力強い否定を受け、変成王の顔色が真っ青になる。

 裏切りの可能性を示唆し一蹴されたのだ。この話が余の王のもとに届けば彼の立場は瓦解する。

 そこで千代女がここぞという機で声を発した。「安心めされ」

「我らはファヌエル殿が『戦の趨勢にかかわること云々』ともうされた以後の言葉は聞いておりませぬ」

 それは、と変成王はつぶやいく。彼のつむりが素早く損得勘定をしているのがはた目にもわかった。仏徒(レリジオジ)にこの様子を見せてやりだいものだという皮肉がメルショルの胸のうちに込み上がった。

「ただ、和睦の談合に賛成なされませ」

 千代女がさらに間を置いてつけ加える。笑みを浮かべているが目は完全に相手を脅していた。これに、うなだれるようにして「承知した」と変成王は首を縦にふった。こうして、ふたりの王が賛成にまわったことになる。

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