第41話

● ● ●


 二番目の交渉相手は変成王だった。

 朝餉が終わる頃合いを見て王の元を訪ねること十三回、つまりは十三日をかぞえた。

 メルショルたち自身は所詮は人間や軍監たちに過ぎないが、閻魔王の使者という後ろ盾があった。さらには、太山王にも『この者らに和睦のすべてを任せるべし。異を唱える者は我が敵なり』という一筆をもらっていた。

 これでは十王のひとりとて無下(むげ)にはできず、求めに応じて談合に応じるしかなかった。


 しかも、最初の目通りで千代女は牽制の一撃を放っていた。

 交渉が始まる前の雑談、そういった風情ながら、

「陛下の陣には『戦の沙汰やみ』『弓矢を収めること』を求める落手が跡を絶たぬとか」

 といった一言を放ったのだ。

 これで変成王の顔つきは変わった。相手にとって己の事柄を知られているというのは時に弱味にむすびつく、千代女の一言はそれを狙ったのだ。

 ここまでくるのに既に準備は済ませてあった。

 たとえば、変成王の家中に太山王の文を届けるという名目のもと会合を重ねた。変成王への目通りよりも優先してたっぷりと時間をとった。

 当然、伊予之二嶋にいる者たちは筑紫の島での戦の情勢を知りたがる。それを柔和につたえながらも、変成王の人柄その他について聞き出していったのだ。主とは意見を異にするとはいえ敵を同じくする同盟の使者、特に警戒することもなく家臣たちは知りうることを明かしてくれた。

 そしてこれには細作が目的の人物を寝返らせる手管ももちいられた。

 中身自体は単純なものだ、友好的な態度で話を始める。相手が「諾」と応じそうな話をする。なるべく相手にしゃべらせる。相手の意見を尊重し、誤りは決して指摘しない。自分の間違いは即座にはっきりと認める。相手の意見や考えに共感を示す。対抗意識を刺激する、といったものだ。

 明かしてしまえば拍子抜けする内容だが、これ以外にもある、人の心を見抜く、操る膨大な術を頭にたくわえ適切な折に瞬時にもちい、しかもそれが心にもない発言に結びついても顔色一つ変えない千代女と道鬼斎、その真相を知るメルショルをおののかせた。

 だが、実はメルショルもその手管を勘助と千代女に指南を受けるようになっている。

 娑婆では要らぬ諍いをくり返した――御両所の術があれば傷つく者を減らせた、伴天連を盲信せずにいればそれが可能だったと思うようになったからだ。

 皮肉なことだが、千代女たちの相手の心を手玉に取る術を目の当たりにすることで、切支丹の言葉にも虚偽があったであろうことをに気づいてしまった。たとえ、それが武器を持たぬ言の葉を交わすという戦いでもあっても無防備でいれば餌食になる、そのことをメルショルは学んだ。

 そしてついについについに今日、「よかろう、そのほうらの話を聞こう」と変成王は言い放った。戦を長引かせ、余の王が死ぬことで所領、牽制を広げることを望んだ鬼の首領が、だ。

「南蛮浄土の方が亡者の扱いがよいと風情が流れております。もし、和議に臨まねば、亡者はあちらに返り忠いたすやもしれませぬ。また、地蜘蛛までも南蛮浄土につけば余の王は和睦に反対なされた陛下を非難なされるでしょう」

 千代女があくまで落ちついた声でつたえる。

 これらの話は、変成王の家中を通じて王の耳に届いているはずだ。そうなるよう、千代女と道鬼斎が画策した。変化や新しい考えというものが受け入れられるかどうかはそれが徐々に少しずつ交渉相手の耳に入るかどうかにかかっている。

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