第39話

 朝、城下の宿所として用意された屋敷の庭に善鬼の姿がある。

 兵法者がこの刻限に庭に出てすることなどひとつしかない、稽古だ。地獄に落ちても、戦のおかげで人の裁きは滞っており閉じ込められた檻のなかすら善鬼は素手で型稽古をつづけてきたのだ。

 ゆえに、木剣や真剣を自儘にふるえる身になって嬉しい限りだった。しかも、実戦にも参加できるのだから文句のつけようがない。

 ひたすら木剣をふるい、流儀の理合をより速く体現できるように頭ではなく体におぼえさせる。同時に人というものがどのような折にどのように動くかも確認しては記憶していく。そうすることで相手の動きの前兆を察知する目付はより完璧なものへと近づいていく。

 もっともどこまで行けば完全なのか、善鬼自身も分かっていない。

 ただ、とにかく剣の高みを目指して登り続けている。どこかに果てがあるのか、すれすら定かではない。

 それに限りなく近づいた者といえば。

 糞師匠だ――善鬼の脳裏に剣聖などとは程遠い、俗っぽい顔つきをした老人の顔が思い浮かんだ。いや、俗っぽいなどという言葉では善鬼には片づけられない相手だった。なにしろ善鬼は、

 あの野郎のせいで死んだ――。

 の、だから。

 ある日、流儀の正統な継承者を決めるため、として兄弟弟子の御子神典膳との立ち合いを師に命じられた。

 だが、あろうことか師はあらかじめ典膳を内心では後継に選んでいたのだ。

 立ち合いの最中に、思ってもみなかった相手、一刀斎から気合い術をかけられ隙だらけとなった善鬼は典膳に斬殺される。非業の死を遂げた善鬼は地獄に落ちた。今も思い出すだけで腸だけでなく総身が煮えくり返るほどの憤りがわきあがってくる。

「精が出るの」

 そこに余人から声がかかった。声の方を見やると、道鬼斎が無表情に濡れ縁にたたずんでいる。

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