第38話

「愚かなわたくしどもに、もう一度、お話をお聞かせくだされませぬか」

 千代女の媚びるようなまなざしに太山王はまんざらでもない顔をする。人でいうと、太山王は完全に福島正則のごとき気性の持ち主だ。よくも悪くも武辺者なのだろう。

「されば夕餉をはさんだのち、話すとするか。そのほうら、相伴に預かるがよい」

 と告げた。

 だが、それは自分から策にかかる行為だ。禽獣は警戒する相手とともに餌を食べることはない。裏返すならば、安心できる相手ならばいっしょに食すということだ。これは人間も一緒で、食事を共にすることで信頼感がずっと深まる。

 一連の光景を天使が相手でないためやることもなく同席して見守るだけのメルショルは、背筋の凍る思いで見つめている。

 知らぬうちにかようにして心が相手に手玉に取られることがありうるとは――。

 そして食事をはさんだのち、今度はきちんとこちらの言葉を聞きながら太山王は話に応じた。

 まず、外枠に合意を取ることからはじめた。

 戦はひとりでできる訳ではないことを温和につたえ、こちらが間違っているかもしれないと言明しながらも、和睦自体への承諾を太山王に「広い心を見せてほしい」という形で認めさせた。涙を流した鬼の若武者のような者がさらに出ていいのかとも訴えた。

 その上で、意見はどこで一致し、どこで食い違うのかをひとつひとつ探っていった。

 その中で、うなずきながらも道鬼斎や千代女は「されば、陛下はこう了見されておられる」と太山王の主張をくり返しながらも徐々にこちらの意見を混ぜていく。相手が気づかないくらい少しずつこちらの主張を反映していくことで、自分たちが想定している落とし所に太山王の知らぬうちに導いていったのだ。

 かような仁ら、絶対に敵にまわしたくない――深更にまで及んだ談合のあいだで、メルショルは心底思った。心の、自分でも知りえないような部分の動きをとらわれてはいかなる者とて虜(とりこ)にならざるを得ないだろう。それは味方であれば心強い反面、空恐ろしくも感じられた。

 ただ一方で、もし自分がこんな術(すべ)を身につけていたら、豊後での切支丹と仏門の衝突を避けたり、被害を最小限に留めたりすることができたのでは、とも考えさせられた。謀略、と言葉にすると後ろ暗さが付きまとうが、それで流血が避けられるのならよろこんで汚れ役を買う者がいてもいいのではないか。


 最終的に太山王は「そのほうらこそこの戦の英雄となろうぞ」などというまでになり字南蛮浄土との和睦に首を縦にふった。

 また他にも収穫があった。南蛮浄土、地獄ともに質としている者がいるというのだ。

 それならば、まずその者たちの交換でもって双方が“誠意”を見せた形にすれば交渉の端緒となるのではないだろうか、とメルショルも素人ながらに考えた。

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