第34話
しかし、千代女の言葉が偽りであったことが一刻ほどのちにあきらかとなった。
またも道がうねっている場所で見通しが利かない地点でのことだ。屈折した部位で伏奸(ふせかまり)には打ってつけの場所だ。長鳴鳥が鳴いた。即座に道鬼が反応した。声のひびく方に向けて土塀を出現させたのだ。
刹那、炎の矢が無数に飛来するのが狭間から見え、そのうちのいくつかは飛び込んでくる。
転瞬、ファヌエルが翼をはためかせ宙に躍った。
雷鋼驟雨、の軌道が発動する。十間ほどの扇状の範囲に渡って稲妻と鉄の弾丸が荒れ狂った。樹木も下草も関係ない、なぎ倒し焼き尽くす。
「うぬ、ようも仲間を」
まだ樹木が存在する場所、道の屈折に沿う逆側から憎悪の形相で躍り出たのは天使だった。
「我は軍監の務めを果たしているだけだ」
落ちついてファヌエルの言葉を聞く暇すら与えられない、返答に顔を歪めようとしたがその天使の首が胴とはなれる。善鬼の鬼道、海内無双の一閃だ。伸びるだけでなく軌道すらも自在にとる一撃は死角から天使の命を文字通り絶った。
それに対する怒りの声があがるが、さすがに余の者は警戒を強めて姿をさらさない。
どころか、
「なにをする」
メルショルは叫びながら抜きつけの一撃で善鬼の斬撃を摺(す)りあげた。間一髪間に合った、その事実に背筋が寒くなる。
「わかんねえよ、勝手に体が動きやがる」
「この折だ、敵の手管に決まっておる。すべて斬り伏せるしかあるまい」
善鬼の戸惑い顔に、道鬼斎が落ちついたようすですばやく状況を分析する。
「しかたがないわね、世話が焼ける」
とたん、道鬼斎の生じさせた土塀を千代女が飛び出した。その動きを追うように、長鳴鳥の声がひびく。
火矢が壁となって押し寄せるが、それを千代女はここという場所だけしか避けようのない場所に体をもぐり込ませて攻撃を避ける。同時にその体は前へ迅速に進んでいた。まるで、見えない長鳴鳥に導かれているようだ。
「人の女子(おなご)に後れをとったとあっては末代までの恥」
千代女にわずかに遅れて茨木童子が得物も抜かずに躍り出る。当然、火矢が無数に突き立つ。が、動くのに支障の出る部位を彼は撫でるだけで前へと突進していった。
これが不死山(ふじやま)――事前に茨木童子から聞いていた鬼道の名をメルショルは思い出す。
かつてかぐや姫が時の主上に送り、別れを悲しんで山でその不死の霊薬を焼かせた、その山こそが富士山というが、そこから名を取った軌道の効能は、なでた場所の傷を癒すというものだ。
時をほとんど置かずして、雑木林のほうから悲鳴が聞こえてくる。上空からはファヌエルが援護し、小勢ながらも強固な布陣を敷いていた。
が、メルショルもそれを余裕で見守っている暇はなかった。
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