第32話
第二章
一
「話が通ってねえなんてお粗末な事由で、なんでおれらが苦労しなけりゃならねえんだ」
地上でいえば南海道の土地、伊予之二嶋を通る街道を進みながら善鬼が舌打ちをもらした。気持ちはわからないではない。話の行き違いとやらで、十王のすべてが和睦に賛成しているという訳ではないということで、まずはその承諾を取り付けてまわる必要が生じたのだ。
十王のすべてが前線に出てきている訳ではないため、娑婆でいうところの南海道と山陰、山陽へと向かう必要が生じている。
まったくもって先が思いやられる――。
城下も近くになく、山がちな土地に田畑が点在する鄙(ひな)の風景が広がる場所だ。岩布が地獄の化物、火炎の鷲や熱鉄の犬が嫌う臭いを発する草を藁苞で包んだものや鈴を持っているお陰で道行そのものは順調だった。
時折、火末虫(かまつちゅう)という虫が肌についていないか確認する手間はあったが。なんでも、放っておくと体中の皮膚を食い尽くされるという。街道沿いの樹のなかには樹中住(じゅちゅうじゅう)餓鬼が苦しそうにもがきながら自由に道を往来するこちらへ恨めしげな視線を送ってきていた。その他にも汚物を食べる餓鬼が、こちらがもよおすのを待ってずっと後ろを追いかけてきているのが不気味といえば不気味だ。
また、遠い彼方には灼熱の川が流れているのが見えるのが地上と違うところだ。
ただ、すべてが地上と違うわけでもなく、思ったほど地獄というのもどこもかしこも難所というわけではないらしい。もっとも、土地によっては火炎が振るために火鼠の衣で作った衣装と傘が入用になる場所もあるらしい。
打てば響くように千代女が善鬼を揶揄する。「いいじゃない、あなたは物を考えずに得物ふり回して暴れてればいいんだから」
「なんだと」
「だったら、談合の場で少しは異見を出してもらおうか?」
凶暴な顔をする善鬼に、今度は勘助が皮肉げな言葉を投げかけた。
「おれが得意なのは兵法だ、頭(つむり)を働かせるのは嫌いだ」
恥じるようすもなく善鬼は鼻を鳴らす。
「なにやら口論しているようだが、日本(ジパング)の民というのはこんなに不仲なものなのか?」
軍監の役目として同道しているファヌエルが不思議そうにメルショルに問うた。
「さにあらず、それは」
喧嘩というよりじゃれあっているのが現状なのだが、それをいってつたわるものなのだろうか、とメルショルは頭を悩ませる。そして、こんな些細なことがつたわらないのだから、行き違いから戦(いくさ)となるのもむべなるかなとふと頭の片隅で思った。仁愛(アツファビッタ)はどこに行ったのか――。
「油断はしないほうがよいぞ。こやつらの侵攻のおかげで国土は荒れている。鬼や地蜘蛛、それどころか逃げ出した亡者が野武士(のぶせり)となっている始末だ」
そんなファヌエルを横目で見ながら、同じく軍監として同行している茨木童子が怜悧な声で注意をうながす。そう、彼はかの源頼光四天王と戦ったとされる鬼の一党の生き残りで、元々は娑婆へ欠落(かけおち)したのだが地獄に引き戻されたのち、こたびの戦で軍功をかさねるうちに現在の地位についたのだ。
いっている側から、と茨木童子はつぶやき視線を前へと向けた。湾曲する道の向こう、木立の影からこちらに駆けてくる無数の人影が視界に入る。
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