第28話

「どうかしたのか」

 妙なところに立っているな、と思って声をかけた。それに気のせいだろうか、直前に人の気配を感じた気がするのだが。

「あら、夜這いの誘いかしら?」

「き、切支丹が妻夫(めおと)となることは許されていない」

 とたんに返ってきた悪戯っぽい声にメルショルは瞬間的に顔が熱くなるのを感じる。

「あら。でも、門徒のはずの大友宗麟入道様は確か」「確かに女性を娶(めと)っているが、それはいってしまえば」

 千代女のからかうような言葉にメルショルはやや語気を強くしたがすぐ尻すぼみとなった。

「いってしまえば?」「宗門が庇護を得るための方便だ」

 メルショルは問いかけに対しばつの悪い気持ちで答える。

「女人が娶るのが許されるのなら、女とまぐわうことくらいどうってことないじゃいかしら」「そんなことをあけすけにいうな」

 千代女の言葉に、メルショルは頭蓋が熱で破裂しそうな心地になる。

 刹那、千代女が声を立てて童女のごとく笑った。「冗談よ」

 付け加えられた言葉にメルショルは憮然となる。彼も理解していなかったわけではないが、門徒としての生真面目な部分が出てしまった形だ。

「それにしても、死んでまで守る必要あるのかしら?」「それは」

 指摘されて気づく。確かに切支丹の教えはあくまで“生者”へのものだ。死者がいかようにふるまうべきか、それも異教の地獄において、という教理問答(カテキズモ)は存在しなかった。

「俺の問いかけに答えてもらろうか」

 メルショルはそれ以上考えるのが空恐ろしく感じ話題を変える。

「人なつっこい鳩がいたからかまってあげたのよ」

 鳩、とメルショルは眉間にしわを寄せた。

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