第23話

 ただし、探索はメルショルたち四人だけではおこなっていない。

 相手の側に都合のいい調べをしないように、と双方から軍監がつけられたのだ。さらに、軍立場(いくさたてば)に前もって乗り込んでいた最後の交渉の仲間、善鬼が加わっている。

 ただ、陣頭に立っているのは千代女だった。女透波の頭領だという手腕を遺憾なく発揮して、残られたわずかな痕跡をたどっている。傍で見ているメルショルにはなにを目印にしているのか見当すらつかない。

 それが疑問だったのか、天使側の軍監のファヌエル、切り傷で片目をふさがれた天使が疑問の声をあげた。

「あれはなにをたどっておるのだ」「それは」

 メルショルもわからないため真剣な顔で上下左右に視線を巡らせている千代女に質問をつたえる。

「天使(アンジョ)が『なにをたどっているのか』とたずねられている」

「破れた蜘蛛の巣、岩の上に残された泥や土、樹やつる草の傷、折れた枝や草を踏み分けた跡」

 そんな細かい場所を見て跡を追っているのかとおどろきながらも、メルショルはそのことをファヌエルに伝えた。

「さようなもので遁走者の跡を追っておるのか」

 と彼はおどろいた顔をし、

「人とはか弱いものだが、試行錯誤によって思ってもみなかった技を生み出すな」

 感心した声をあげた。

「おい、なにを話している」

 自分の分からない言葉でのやり取りを懸念したのか鬼がそこに声を割り込ませる。

「実は」とメルショルは今の会話をそのままつたえた。

「なるほどな」鬼は納得顔でうなずく。

 だったら、俺も手伝おう、と言い出し視線を千代女のごとく丹念に巡らせ始めた。行動から意図を悟ったのか、天使も「俺も手伝おう」と加わる。

「なんか面白そうだな、おれも」

「わしらはあたりの警戒じゃ。不意打ちを受けては目も当てられぬ」

 遊びに加わろうとする子どものような顔をする岩布を道鬼斎が止めた。岩布は心から残念そうな顔を見せる。こうして、メルショルが通辞をしながら、千代女と天使と鬼が探索、三人の仲間が警戒をおこなうという仕儀となる。

 なんだ、これはとメルショルは不思議な気持ちで目の前の光景をながめた。

 彼自身、出番があまりないために半ば蚊帳の外にあり第三者に近い目線で一同を見ることとなっている。

 ために、その異様さをはっきりと認識することができた。

 なにしろ、人間と天使と鬼が手を合わせているのだ。しかも、天使と鬼に関しては殺し合っている仲だった。それがあくまで下手人を見つけだすという目的のもと、時間が限られるとはいえ力を合わせているのだ。

 ある種、滑稽さすら漂う光景だった。が、そんな空気を壊すように善鬼が独語する。

「ああ、退屈だ。いっそ、最後のひとりまで殺し合えばよかったんだよ」

「殺し合いは、よくない」

 善鬼の言葉に真っ先に岩布が反論する。

「んだよ、もしかしたら南蛮浄土の連中は今よりも待遇をよくしてくれるかもしれねえぞ。だったら、地獄の側が負けたほうがいいだろうが」

「その争いに駆り出され、巻き込まれて仲間が大勢死んでる。戦はもう沢山だ」

 善鬼の悪魔の囁きも岩布は毅然として撥ね退けた。

「へっ、地上じゃあ派手さこそ地獄の比じゃあねえが、それほど腐るほどの連中が戦で命落としてんだ、ちょっとやそっとの死人で騒ぐんじゃねえよ」

 そんな岩布に善鬼はせせら笑いを向ける。

 一連のやり取りで岩布が善鬼を嫌う理由がメルショルはよくわかった。彼自身も命を助けてもらったものの善鬼のことは好きになれない。

「んだよ、なんか文句があんのか? てめえ、役に立たねえようなら容赦なくぶち殺すからな」

 メルショルの視線に気づいた善鬼が恫喝の言葉を吐いた。が、

「黙れ善鬼、気が散るだろうが」

 千代女に叱られ舌打ちして彼は口を閉ざす。どうやら、この乱暴者も千代女には一目置いているようだ。

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