第22話
五
地獄でも日輪が存在し、西に傾いた陽光は茜色を帯びていた。血の跡を覆い隠そうとするような景色のなか、メルショルたちは真剣な空気をまとって歩を進めていた。
始まりは、
「我らが下手人がいずかたの者であったか、誰が下知をしたのかを突き止める」
と千代女が地獄の本陣で宣言したことに始まった。
半刻ほどして、戦の拡大を恐れた地獄、南蛮浄土双方が鉾を納めたのだが、それに合わせて身の潔白や話を聞くために地獄の本陣をメルショルたちはおとずれ、その場で千代女が唐突に言い放ったのだ。
仲間の反応は様々だった。道鬼斎は一瞬目を見張ったものの「この時世、鬼、天使どちらが真相を突き止めたとて得心せぬ。その意味では我らが探すのが妥当ではあるか」と独語して納得した。岩布はというと、「そうだな、迷惑をかけた連中、許せねえもんな」とある意味真っ当に過ぎる態度を見せた。
ただメルショルはというと、さようなことできるはずがない、と否定的な考えを抱く。敵がその場に留まっているわけがない、だったらどう探すというのだ。重苦しい気分のせいで思考が負の側に傾きがちになっている。
「そこもと、もうした通りのことがまことになしうるのか」
「絶対に、と約すことはできませぬが公算はあります」
本陣の対象の牛頭の問いかけに千代女はあわい笑みで応じた。戦を経たあとのことだ、鬼たちは殺気立っているというのにまったくもって肝の太い女人だ。沈んだ気分ではあるが、メルショルは頭の片隅で感心した。
牛頭はしばらく沈思したのち、
「よかろう、そこもとらに下手人らの追跡を任せることといたす。したが、南蛮浄土の側にも承諾をとりつけねば探索もままならぬであろうゆえ、通辞を連れて行き承諾をとりつけるのだ」
と言葉をかさねた。
結果、メルショルたちは今度は天使側の本陣を訪れることになる。果たして提案は受け入れられるかとの危惧があったが案に相違してすんなりと大将であるウリエルは首を縦にふった。
「卑怯者どもが捕まるのであれば人の手を借りるのもやぶさかなではない」
とのことだ。
本来なら大天使との対面にメルショルは胸を感動に震わせるところだが、なにしろその麾下の将士に殺されかけたあとではそんな心持ちにもならなかった。むしろ恨みがましい心持ちを抱いていた。だが、手下の攻撃を知っているはずの大天使は詫びのひとつも述べようとしない。
「貴公が切支丹として正しき行いをなすと私は信じる」
とも告げられたが、やはり灰色の気持ちは変わらない。
「御意」とこたえメルショルは南蛮浄土の本陣をあとにした。信頼されたところで、みずからの足場が揺らいでいては元も子もない。
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