第18話

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 半月の日数を経て、メルショルたちは南蛮浄土の軍勢と地獄の軍勢が衝突をくり返す筑紫の嶋(九州)の地へと足を踏み入れた。

「まあ、メルショルはあくまで通辞、覚悟が入用なのは妾や道鬼斎殿や岩布」

 ということで、南蛮浄土に有利に動こうとするのではないかというメルショルへの疑いは一時保留されたのだ。

 ただ、「おぬしが怪しい動きを見せれば我らはおぬしを生かしてはいかぬ」と道鬼斎は付け加えることは忘れなかった。後世においては軍師という呼び方で人の口に膾炙するが、元々は足軽大将でかつ重要な使者の役をつとめるなど先陣に近い場所に身を置く男の発する剣気は尋常ではないものがあった。

 が、そんなものが些末に思える事態にメルショルたちは襲われた。

 街道を進んでいたところ、地面に倒れ伏している鬼と天使を見つけたのだ。ちょうど小高い丘の側だった。

 いったい、と思ってまだ息のある天使をメルショルは抱き起す。

「天使(アンジョ)様、わたくしめはあなた様の僕(しもべ)、切支丹でございます」

 ひどい槍傷を胸に受けた年若い天使に南蛮の言葉で話しかけた。発音にやや不自然な部分はあるが充分に通用する水準だった。近くで聞いていた道鬼が実際に異国(とつくに)の言葉をあやつるを目の当たりにし瞠目していた。他方、千代女は緊迫した顔を、岩布は暢気に感心した顔つきを見せている。

「日本(ジパング)の切支丹か」と天使はかすれた声で応じた。

「さようにございます。通辞としてここに参りました。いったい、いかなる仕儀でかようなことに?」

「伏奸(ふせかまり)(待ち伏せ)を、伏奸を受けたのだ」

「伏奸。あの者らにでございますか」

 天使の言葉にメルショルは近くに天使と入り乱れて倒れる鬼を指し示した。

「否。どこぞから飛び道具で我らの仲間を狙いおった」

 確かにいわれてみれば天使のひとりは鉄砲傷を受けている。

 と、そこまで語ったところで天使が脱力した。死んだ、とその事実にメルショルは呆然となる。天使が“死ぬ”など信じられなかった。

「メルショル、その者はなんともうしておった」「それは――」

 道鬼斎にうながされるまま、メルショルは上の空ながらも聞き出した事実を語る。が、腑抜けていることを長々と許されるほど状況は甘くなかった。

 三叉路の自分たちが通ったのと別の二本を使って二つの集団が駆けつけつつあるのが視界に入ったのだ。

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