第19話
「鬼と天使、どうやら銃声に引き寄せられて互いが“敵”を打ち破らんと血気にはやっているようね」
千代女が緊張した声で状況を整理する。同時に、担いできた小薙刀の鞘を外していた。
「まずいぞ、双方ともに我らを曲者と思っているようすだ」
道鬼斎も緊迫した顔で言葉をかさねた。その事場を裏付けるように、左右から矢が飛んでくる。
抜刀一閃、道鬼斎の抜きつけの一撃、閃、千代女の小薙刀の刃の鎬で叩き落した。同時に岩布は早合を使って運んできた鉄砲の発砲準備をととのえる。
「言葉が通じる折でもあるまい、退(ひ)くぞ」
道鬼斎の言葉がメルショルには遠くに聞こえた。自分以外の三者の行動がまるで他人事のように感じられる。
眼前で道鬼斎が叩き落した矢はそのままであればメルショルをつらぬいていた、それは天使のほうから飛んできたものだった。俺は地獄で神(デウス)の御使いに殺されそうになった――その事実が暴れ牛に跳ね飛ばされたような衝撃をメルショルに与えている。頭が真っ白になり、手足からは完全に力が抜けてしまっていた。
突如、そんな彼の視界が動く。一拍送れて、ほおを張られたことを悟った。
「これ、呆けておる場合か。神(デウス)の手下(てか)に殺されるなど、おぬしにとってはこれ以上にない不名誉であろうが」
道鬼斎の叱責が手のひら以上にメルショルの体にひびく。
「打ち合わせた通りに攻兼遁走(こうけんとんそう)するわよ」
メルショルは、千代女の真剣な声に体をふらつかせながらもなんとか雑木林に向かって体を動かした。なにか考えがあって、ということではなくいわれるがままになっているだけだ。
千代女が天使の側に無数の手裏剣を左右、立てつづけに打ち、岩布が鬼たちに向かって銃丸(じゅうがん)を放つ。これはあくまで逃げる隙を作るための布石だ。
怒りの声が放たれるより早くメルショルたちは茂みに向かって体を躍らせた。岩布はただ逃げるだけでなく、岩布は火術に通じていることを生かし硫黄を利用した宝禄火(ほうろくび)を投げ放って毒の煙を立ち込めさせた。
視界が悪くなった上に毒を含んだ煙に天使、鬼双方が噎(む)せるのが激しい咳でわかった。人でない彼らなら無理やり突破することも可能だろうがとっさのことでうろたえたのだろう。
他方、茂みを越え林間を駆けたメルショルだったがすぐに足が萎えてしまった。道鬼斎の叱責の効果が途切れてしまったのだ。
一時的な衝動を、捨てきれずにいる信仰(コグニチオネ)がもたらす懊悩が越えてしまう。
刹那、
「まったく世話が焼けるなあ」
言葉面とは裏腹のあかるい声でいって側に来た岩布がメルショルを負ぶって駆け出した。
「おれたちはとにかく辛い目に遭ってきたからさ、仲間は見捨てられないんだよ」
たずねてもいないのに事由を明かしながら彼はとにかく風を巻いて動きつづける。
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