第12話

「切支丹の宗門に入った者は面妖な名を授けられるとは聞いていましたが、まこと、奇天烈なひびきの名ですね」

「南蛮の坊様、司祭(パードレ)がくだされたありがたい名だ、失礼なことをもうさないでもらおう」

「それは失礼」

 遠慮のない物言いに憮然となるメルショルだが相手は意に介するようすはない。どうにも相手に手綱をにぎられている感じだ。

「ところで先ほどまで、どうにも物憂い顔をなされていたようでございましたが」

 しれっと相手が重ねた言葉にメルショルは思わず相手を凝視する。

 なぜ、それを知っている、と問う前に、

「あちらをご覧くだされませ」

 と千代女が天井、メルショルの真上を指さした。

 メルショルは思わずいわれるがままに視線をあげる。が、なにもないように見えた。いったい、と思いかけた異常に気付いた。

 穴が――空いている。それも筆の先っぽほどの小さなものだが、確かに穴が存在する。

「部屋に入る前にあなた様がどのような御仁か知るためにあそこからようすをうかがっておりました」

 またも何ということでもないような口調で千代女は告げる。臆面もなくとはこのような様子をさすのだろうという見本が目の前にあった。

 この者――ほんとうに透波だたのだ、とメルショルは鳥肌を立たせた。

「それで、いかなる事由であのようなお顔を?」

 千代女は軽い語調で返答をうながす。

 が、メルショルは半拍の間ののち、

「人のようすをひそかに盗み見る者に心のうちなど明かせるものか」

 と相手をにらみつけた。

「あら、冷たい。殿方の心を知りたいと思う女子の心根をさように扱われるなどなんてひどい」

 だが、千代女は傷ついた、というふうに仕草で示しながら口もとを笑わせている。そして、口を開こうとしないこちらをしばらく観察したいたかと思うと、

「それでは、まず妾が秘密を明かすことにするわ」

 突然、そんなことを言い出した。

「妾は武田家で祢津流透波の歩き巫女を差配していたわ、要は忍びの頭領ね」

 相手の突然のとんでもない告白にメルショルは息を詰まらせる。

「されど、我が主家は信長めに大敗を喫し、凋落への道を転げ落ちていった。妾は力の限りを尽くしたつもりだったけれど、武田家の凋落を防げなかったことを無念に思っていたのよ」

「それがいま、なんの関係がある」

 メルショルの怪訝な言葉に「大有りなの、それが」と千代女はほほ笑んだ。ただし、その瞳には一連の言葉を裏付けるように翳りが宿っていた。

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