第13話
「娑婆でなしとげられなかった分の無念を、こたびの仕事を果たすことで妾は晴らしたいという存念でいるのよ。何しろ、次に生まれ変わったとしてもその折にはいい加減、乱世も終わり女透波の働き場所もなくなっているでしょうしね」
なるほど、千代女の気持ちもわからないではない。
「さて、妾はみずからの胸のうちを明かしたわ。あなた様も、さあ」
勝手に一方的に語り出したんだろう、とは思うもののここで拒むのもどこか居心地が悪かった。
「実は」そこで、この部屋で彼女が現れるまで考えていたこととメルショルは明かす。
なるほど、と一通り話を聞いた千代女はうなずいた上で、
「神の救いなど、どうでもいいじゃない」
と言い放った。
はあ、とメルショルは思わず反撥と唖然が入り混じった声をもらす。こめかみのあたりに思い切り力がこもった。
「仕事をなしとげれば目的を達することができる、さような立場におられるのですから別段、支障(さわり)はござりますまい」
「たしかにお手前のもうす通りだが」
「神の救いがあろうがなかろうが、娑婆において人は生きていたではございませんか」
「それは」
これも千代女のいう通りではあった。
だが、命を投げ打ってまで守ろうとしたものが偽りだと知ってしまったのだ、たやすく受け入れられるものではない。
「主家の怨敵ではございますが織田信長公のことをお考えになられませ。かの御仁は最期こそ無惨にも裏切られて果てましたが、失敗をくり返しながらもうつけの戯言と嘲られた『天下布武』に限りのう近づいたではございませんか。むろんのこと、これは神の御利益ではない」
信長のなしとげようという不断の意思こそがそれを実現させた――メルショルはその事実を心のなかで噛みしめる。
「俺は礼をいうべきなのだろうか」
千代女と話す前に比べれば心が軽くなっていた。もちろん、真実を知ってしまった衝撃がすべて消え去ったわけではないが、心のうちで諸々の思いをしまっていた場合に比べれば随分と楽になった気がする。
「いえいえ。共に難事に立ち向かう仲間でございます。その御仁が懊悩を抱いたままでは困りますゆえ、お話をうかがっただけのこと」
メルショルの問いかけに千代女は齢(よわい)とかけはなれた余裕の態で応じた。世間話好きな例の鬼から、地獄における人の姿は必ずしも死んだときの姿をとるわけではないと聞かされているため外見には騙されない。
ただ、さすがに頭から相手を信じるつもりはないが、それでも心強いとメルショルが感じたことは確かだ。
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