仁戸名の経験

仁戸名は、丁寧にゆっくりと語り始める。


―あれは十年程前のことですね。

私が、貧困に関する調査のために、エジリスタ共和国へ訪問したときのことでした―


エジリスタ共和国は、貨幣を扱う全世界200国近くある世界の中でもワースト5に入る貧困レベルの国であり、貧富の差も、かえってないほどである。


エジリスタ共和国は、経済だけではなく、治安も安定せず、また土壌の悪さや川の汚染などのため、自国の力だけでは解決できないことから、他国から飲食料品などを譲り受けることで、何とか生活できているという状態。


日本は援助を行ってはいないが、当時政治家2年目であった仁戸名はリーダーとして他の政治家たちと共に、実情をこの目で見たいと思い、勉強のため訪問をしていた。


現地に着き、エジリスタ共和国の国長のソントが笑顔で出迎え、会談が行われた。

開幕15分程は、日本のメディアも参加し、日本から持参した食料や衣服を渡すなどの広報用の画像を撮影していた。


ソントと数名の側近、仁戸名を含む日本の政治家数名と両者の通訳を残し、メディアが会場から離れて、約2時間ほどで会談は終了した。


会談終了後にソントは日本の政治家たちに、

「夜はとっておきを用意しておくから楽しみにしていて」と声を掛ける。


会談の後は日本のメディアも連れて、

エジリスタ共和国の警備隊(日本でいうところの市役所職員と警察官の両方を兼ねている公務員)が先導し、エジリスタ共和国の国内の様子を目視して歩く。


国内の様子は、一言で云うとよくある貧困の "町"、である。

国の面積は約100k㎡、人口は約4万人のようだ。

木がまばらに生えた、ほぼ一面が土。

ひと家族10名ほどがやっと横になれるようなスペースの小さな木製の家が点々と並んでいる。

気候が年中暖かいということもあるようだが、着ている服が皆同じような薄い半袖半ズボンの格好である。

貨幣を扱うといっても、そのような店は国内にも数店舗しか存在せず、その数店舗も国の中心の役所内にしか置かれていない。

ほぼ全ての国民が貨幣を使用せず生活しており、貨幣の導入がうまくいっていないという現状のようだ。

かといって、食料を確保するような森や川も、隣国の国境周辺にまで行かなければ存在しない。


一行は役所の周囲を1時間ほど視察し、

役所内にある宿泊用の部屋で休息を取っていた。


そのまま夜になり、エジリスタ共和国からの歓迎の晩餐会が開かれた。


何やら、他国の人間が訪れるのは、援助のための事務的な訪問以外では二年ぶりらしく、飲食料もこの日のために、数日にわたってみんなで節約して頂いたよう。

特設のステージが用意され、昼間見たような質素な衣服ではなく、飾り物が付いた煌びやかな服装をした若い男女が10名ほど立ち、エジリスタ伝統の舞を踊ってくれている。


仁戸名は、国民の歓迎の気持ちに心打たれていた。


仁戸名は、「感動してあの時のことは、今でも鮮明に覚えています。」と感慨深げに語る。


続けて、

「問題は、次の日のことです。」と話す。


"コンコン"

仁戸名が帰り支度をしていると、仁戸名の部屋にノックが。

仁戸名は、"他のメンバーかな"と思いながら、「はぁーい。」と返事をして扉を開ける。

そこには、横に通訳を連れて、笑顔で待ち構えるソントがいた。

ソントは笑顔のまま、「昨日お話しした、とっておきを教えに来た。」と。


仁戸名は「え、歓迎会のことではなかったのですか。」と反応する。


ソントは笑いながら、「確かに。あれもその一つですねっ。」と答え、

続けて「本当のとっておきは、ビッグニュースだよ。」と付け加える。


更に続けて、

ソントは「私たちは五年後、変わるよ。」と。


仁戸名は「、、、。五年後に変わる、ですか。」と鮮やかなオウム返しをする。


ソントは「そう、五年後。多少の前後はあると思うけど、その辺りになると思う。」と。


ソントは"立ち話もなんだから、ちょっと部屋に失礼するよ。"と言いながら、

帰り支度途中の仁戸名の部屋に入り、腰を落とした。

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