第36話 守の犬時代

 プリシラは朝起きると、右手の魔力が回復しているのを感じた。

「一晩寝たら治るんだね」

 今日は町に買い物に行く日だ。プリシラの心が躍る。

 村長、小夜に朝の挨拶をして顔を洗っていると戸口から勇者と守が入ってきた。

「俺たち物見櫓の当番で今まで居たんだ。一緒に朝飯を食べてもいいか?」

「しょうがないなそこに座れ」

 皆で一緒に朝食をとる。


 村長の方を見てプリシラが

「あの、村長?」

「なんだね?」

「今日町に行って、服を買ったり剣を打ってもらうのに私お金を全く持ってないんです」


「そんなことか。それは全く気にしなくてもいい、この村にも蓄えがあるからな。お前さんが村にいる間に、雑用とか仕事を手伝ってくれれば、それで問題ない。それよりこれを見ろ。大変なことになったな」

 

 帝都新聞の一面に「魔王、帝国の第二皇女ミリア様を誘拐、魔王城に監禁」という記事が載っていた。

「えっパパが皇女を誘拐?」

「たしか魔王は帝国と組んでトンネル奥の魔物の巣を潰しに行ったんだよな?」

 鼻をほじりながら勇者が言う。


 村長は顎髭を触りながら「帝国と魔族の間では不可侵条約が結ばれていた。実は人間界の平和が保たれているのは魔王ファザリスのお陰なのだ。大魔王亡き後、大陸の魔族をまとめ上げて本拠地を大陸の東に移し、統率力と強大な力で魔族の暴走を抑え込んでいたのがファザリスだ」

村長は子供達の方を見て

「あの魔王は人間に理解があったが、奴が魔王で無くなったらどうなると思う?」

「え?どうなるんだ?」

「皆平和に慣れてしまい忘れているが、魔族の軍団が本気で人間界に攻めてきたら、我々人間に抗う術はない。もう勇者はいないのだからな。それに西の魔物も強くなり続けている。今後の展開で人間はこの大陸から消え失せるかもしれんぞ」


 それを聞いていた守は「怖いこと言うよな村長」とつぶやいた

「しかしまだ事が起こるのは先だろう。我々も準備しなければならないな」


 先程までの浮かれていた気分が消し飛んだプリシラだった。

 その後、勇者と村長は、町に行くプリシラ、小夜、守の三人を町方面の入り口まで見送った。

「あーあ、俺も行きたかったよ村長」

「何を言っとるか勇者、お前がこの村の防衛の要なんだぞ。そろそろ自覚を持ってもらわなくては困るぞ」

 勇者は、珍しく村長が真面目だなと思ったが、直ぐにまた町の事を考えていた。




「ずいぶん藪の中を進むのね」

「しょうがないです。ここは人に知られてはいけないんです」

 しばらく体に枝や葉を当てながら三人は進み、獣道のようなところに出る。

「ここからは少し行きやすくなります」

「あーよかった」

 道なりにしばらく進んでいくと、人が通るより広い道へと繋がった。

「ここから真っすぐいくとラレソン村とガラントの町に分岐する道の標識があるんです。村の方は盗賊がいるので近づくなとおじいちゃんが言ってました」

「大丈夫だよ俺が二人を守るから」

 守が得物のショートソードの柄に手を掛ける。

プリシラが「頼もしいわね、守くん」と言うとまんざらでもない様子の守だった。

小夜は守の方を見ようともせず、真っすぐ前を向いて歩いている。

「守くんは大陸のどこで生まれたの?」

「俺は気が付いたら働いてたから、どこで生まれか分からないんだ。奴隷だったんだよ」

「それは嫌な事を思い出させてごめんなさい」

「いや、いいんだよ。それから俺は金持ちの夫婦に飼われたんだ」

「飼われた?」

「おばさんの死んだ飼い犬に俺がそっくりだということで、俺を奴隷商人から買ってこき使っていたから奴から高額で買ったんだ。それから丘の上の大きなお屋敷の庭にある犬小屋に住むことになった。首輪をつけられ、おばさんが気が向いたら散歩に連れて行ってもらってた」

「それは酷いわね」

「いや俺は毎日とても幸せだった」

「なんで?」

「今まで食べたこともない美味い食べ物をお屋敷のシェフが作って犬小屋に持ってきてくれるんだ。俺が肉にがっついている所を、おばさんはお屋敷の窓から見てとても嬉しそうだった。それに首輪は直ぐに外せたからいつでも好きなところに行けた。犬用の首輪なんだから当然だよね。屋敷に忍び込んでおばさんの部屋から読みたい本を好きに持ってきて毎日読んでた。わからない言葉はおじさんの書斎にある辞書を持ってきて調べた。辞書の裏には何かを隠しているスペースがあって俺はそこで凄い本を見つけた。俺は衝撃を受けてそれからは毎日それを読むようになった」

「その本はなんだったの?」

「お姉さん達の前では言いにくいんだけど、大人が読むやつだよ」

 守は下を向き照れたような顔をする。

 小夜はプリシラの顔を見て首を横に振る。

「どうしたの小夜ちゃん?」

「お屋敷の使用人は、おばさん、おじさんではなく奥様、旦那様と呼ぶように俺に言ってたけど、もし前に飼ってた犬が人間だったら、敬語なんか使う訳がないとおばさんが言い出して、俺は今まで通りの呼び方が許された。飼われたばかりの時の俺はガリガリだったけど、半年ほどでかなりの肥満児になっていた。そして、ある時村長が何かの用事でお屋敷に来て、犬小屋の俺を見つけたんだ」


「お前は何をしとるんだ?」

「俺は犬をやってるんだよおじさん」

「そんな事でいいのかお前の人生は?」

「まあ悪くないよおじさん」

「わしは村長をやっている。わしの村はお前のような親のいない子供たちがたくさんいるから気が向いたら来なさい」


「その時名刺を渡された。村の場所は書いてなくて、小屋の場所が書いてた。俺はもう犬生活もそろそろ飽きてた頃だったので、犬小屋の前に書置きして去った。名刺に書いてある小屋の住所の場所に行くと、そこに住んでいるお兄さんが俺を隠れ里に案内してくれたんだ」

「へーえ、でも守くんがいなくなって、おばさんは悲しんだんじゃない?書置きは何て書いたの?」

「探さないでください仲間の所に行きます」

「まあ、それならおばさんも犬の仲間の所に帰りたくなったのかと思って納得したかもしれないね」

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