椿、高2になる
「早いんですね。」
清臣が椿の家に行くより早く、椿は清臣の家の玄関前で清臣を待っていた。
「昨日はお風呂入らずに寝ちゃったから、がんばって早起きしたの。」
こういう早起きはできるのに、勉強のための早起きはできない。
「そうですか。」
椿は昨日のことを覚えているのか、いないのか、いつも通りだった。
隣に並ぶとふわりとシャンプーの匂いが香る。
「誰とクラス同じかな。」
椿は楽しそうに言う。
ついこの間まで満開だった桜はとうに散って、地面には桜のじゅうたんができていた。
青空に、花の香りがする風。
どうして春はこんなにも気持ちが高鳴るような季節なんだろうかと椿は思う。
「少なくとも、俺らは同じクラスですけどね。」
「……超能力者か何かなの?」
「違いますけど。」
「じゃあ、わからないじゃん。」
一瞬、固まった椿の顔が笑顔に戻る。
「クラスが違うと、困ることが多いので。」
椿の顔が固まる。
すぐにそれは苦虫を嚙み潰したような顔に変わる。
「なにがそんなに嫌なんですか。」
清臣も不満げである。
「臣と一緒なのが嫌なんじゃなくて、ネタバレされた感が強いっていうか……臣と一緒になれるかなれないかっていうドキドキが楽しいのに……」
「ガキ……子どもですね。」
「ごまかせてないよ。」
「あ、私三組だ。臣は?」
「そのすぐ上にいるじゃないですか。」
清臣と椿はまた出席番号では並んでいた。
「まあわかってたけど……あ、唯華と一緒だ。」
周囲からは喜びの悲鳴が上がる。
「そんなに驚かないんですね。」
「まあ、四年間も一緒だったし。」
だったら、なおさら驚いてもいいはずだが。
椿はときどき、妙に落ち着いているときがあって、そういうときに椿が京極の娘であることを実感する。
「あ……」
椿が何かに気づいた。
その視線の先にあったのは新しいクラスの名簿で、具体的な場所はわからなかった。
しかし、その名簿には『三好』という名前もあった。
「災難だよね、椿も。」
唯華は腕を組んで三好のほうをにらみつけている。
清臣は去年に引き続いて唯華と隣の席で、椿はまた中央の列の最前列だった。
そして担任が比嘉であることも、清臣は知っている。
「三好が京極に嫌がらせをする理由、赤羽さんは知ってるのか。」
「私の前では京極って他人行儀やめてくれる?」
清臣は人のいい笑みを浮かべる。
「じゃあ、椿。それでいいだろ。」
唯華がそれに違和感を感じるのは、椿といるときの表情の自然さを見てしまったからだろう。
「椿って、昔は今より太ってて……」
昨日の写真を思い出す。
こうもあっさりと唯華が口にするとは思わなかった。
「でも、一生懸命努力して時間をかけて痩せて……それだけじゃない。いろんな努力をしたの。そしたら、ほんっとにかわいくなってさ。」
かわいいでしょ、と清臣は同意を求められる。
「毎日顔を合わせてたら気づかないけど、昔の写真と比べれば全然違う――いやでも、日々変わってるなーっていうのはわかるくらいだったけどね。」
唯華は軽く両手を合わせて話を元に戻す。
「もともと、三好たちは椿に目をつけてたの。体型とか容姿いじりして、椿が痩せてからも整形だとか言って……とにかく椿をいじめられたらそれでいいのよ。」
唯華はため息を吐く。
「そこに大きな理由はないと思うよ。そういうクソ野郎っているの。」
あの写真を見て溢れた椿の感情は、三好たちに対する怒りだろうか。
それでも泣くほどだろうか。
三好たちになんと言われても、涙は流さないのに。
いや、でも。
人はふいに涙を流してしまうことがあるのかもしれない。
どんなに強い人でも、それまでの我慢が利かなくなるときがあるのかもしれない。
清臣はふと思い出した。
昨日の写真。
椿にとっては忘れてほしいものだろうが、清臣ははっきりと記憶してしまった。
賞状を持って映る椿。なにかの大会の後のようだった。
そして背景には、陸上大会と書かれていた気がする。
きっと椿には誰にも言いたくない過去がある。
そしてそこには、理由がない悪意があったのだろう。
その存在は清臣にもわかる。何度も見てきた。
腕の中には昨日の椿の感触が残っている。
椿の純粋さにあてられたのか、清臣はただあの笑顔を守りたいと、そう純粋に思った。
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