椿と再会

「こんなにかわいいって言われてるんだからそりゃ自覚しますよ。むしろ自覚してない女の方が俺は嫌いだけど。」

前と何も変わらない、優しくて柔らかい笑顔がそこにあった。

「じ、仁くん!?」

椿は思わず一歩下がったうえに、まるで防御の姿勢をとるように手を掲げて変な構えをとる。

「何そのポーズ。」

仁は前と同じように笑う。

でも幾分か、肩の力が抜けているようにも見えた。

「何、あんた前とキャラ違うけど。」

仁と椿は顔を見合わせる。

二人の目が点になって数回瞬きを繰り返した。

先輩、と仁は口を開く。

「先輩は、自分に自信がないんじゃないんですか。そんな性格じゃ無理もないと思うけど。」

椿はポカンとして先輩と仁を交互に見る。

「内面磨いてから、帰ってきてくださいね」

仁はヒラヒラと手を振って先輩を追い返す。

「ありがとう……」

椿は言ってから、もっと大事なことを思い出して、焦ったように仁に向き直る。

「なんで!?」

「なんで……って?」

仁はこの状況を楽しんでいるようだった。

「生きてるの!?」

「足生えてるじゃん。」

椿は足元を確認して強くうなずいた。

「本当はもう少し早く戻ってくるつもりだけど。」

「え、えっと、あの……」

椿はしどろもどろになって辺りをキョロキョロ見渡す。

言いたいこと、聞きたいことがありすぎて、何も出てこない。まず、状況を読み込めていない。

ふいに急いた足音が聞こえた。

「おい!」

清臣の声だった。

駆け寄ってきた清臣は勢いよく椿を引き寄せて、仁から引き離す。

「なんのつもりだ?」

清臣はそっと椿の前に立つ。

椿はその後ろに素直に隠れる。

仁は少し視線を彷徨わせたあと、耳の裏をかいて頭を下げる。

「ごめん。」

予想外の行動に椿と清臣は目を見合わせて、瞬きを繰り返す。

「どうとでも言ってくれ。好きなだけ罵ってくれ。」

その声には誠実さが滲んでいるような気がした。

椿と清臣は同時に口を開きかけたので、目を合わせてから、譲り合うようにお互いを指した。

「なんで、生きてるんだ……許されたのか?」

結果、譲られたのは清臣の方だった。

「土下座した。それから、イタリアで厳しい洗礼も受けたよ、それでようやく。」

たしかに、前より少しがっしりしたように見える。

次は椿の番だ。

「あの……なんでそれで、またここに……?」

仁は頭を上げてまっすぐな瞳で椿を見た。

「俺は、命が惜しくなかった。捕まったら死のうと思ってた。でもいざそうなってみて、目の前に生きるか死ぬかの2択を突きつけられた時、まだ死ねないって思ったんだ。」

椿が自分の顔を指差す。

「復讐、のため……?」

「もうそれは終わりだよ。それくらい……それ以上に俺は椿を傷つけた。」

椿は困ったような顔をして、とりあえずというように頷いた。

「だったら、なんで。」

代わりに清臣が聞く。

「椿、好きだ。」

え?と椿が聞き返す。

「好きだって気づいたら、俺、死ねなくなった。本気で椿が好きだ。」

鳩が豆鉄砲を食ったよう食らったような顔になって椿の動きが止まる。

「あ、ありがとう……」

清臣が椿を横目で睨みつける。

「お嬢の優しいのはいいところだと思いますけど、行き過ぎるとただのバカですよ。」

「うるさいな。」

「せめてそれが嘘じゃない根拠をください。」

清臣は冷たかった。瞳に強い非難の色が滲んでいる。

「うわ、私そういう理論型な人嫌い。」

椿が急に仁の側に回ったので清臣は混乱と驚きの色を目に浮かべて椿を見る。

「声、震えてますよ。」

おーい、と声がする。

「いちゃつくなよ。」

仁が呆れた顔で立っている。

「揶揄うにしても下手くそだな。」

「ほんとに。」

今度の椿は清臣側だった。

仁はムッとして二人を睨む。

「付き合ってるんじゃないんだよな。」

「まさか。」

清臣はあっさりと答える。

「じゃあ、俺にもチャンスあるってことか。」

椿は清臣の手を払って、小さくため息をついて言う。

「次の競技始まるよ。」

「あ、俺それ出るから。」

言ったのは仁。

「え?」

「足引っ張るなよ。」

清臣の言葉に仁はふっと鼻で笑う。

「残念、敵チームだから。」

「なんで!?」

椿は少し声を低くした。

「頼まれたから。野球部のやつが怪我で出れないんだって。」

誰も聞いてもいないのに「モテる男は辛いな」なんていう仁に二人で目を見合わせる。

「こいつ本物か?」

「一回死んでちょっと頭のネジ外れちゃったんじゃない?」

なかなか鋭い椿の指摘に清臣も言葉を失う。

微妙な空気に椿は二人の背中を押す。

「ほら、行って!」

仁は振り向きざまにいう。

「勝ったら、付き合ってくれる?」

「だめだ。」

ポカンとする椿を置いて清臣が言う。

「冗談だって。でも、見ててね、お姫様?」

あんなんだっけ、仁くん……

椿は何も言えなかった。

「お嬢、勝つのは俺なんで。」

「あ……はい。」

清臣の挑戦的な瞳の奥には自信に満ちた笑みがあったような気もする。

手を振って二人を見送る。

清臣より少し遅れをとった仁は足を止めて椿のほうを見た。

「椿……」

何をいまさら、と椿の目は困ったように笑う。

「おかえり」

それは紛れもなく本心からの言葉だった。

仁を見て、少しホッとした。

後で怒りがわいてくるとしても、今はこの鈍い痛みを伴う喜びに浸っていたい。

後でどうなるとしても、そのときはそのときだ。

怒るなら、恨むなら、その時、そうすればいい。

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