椿と体育祭2
朝から椿のテンションが高いことはわかっていた。
サイドポニーを揺らして走り回る椿は、全ての結果に一喜一憂する。
学年の半分は体育祭など興味なさげなこの学校で椿は目立つ存在だった。
「次、借り物競走だってよ!」
そんなふうに唯華に話しかける椿。
何か言うたびに髪が揺れる。
借り物競走は自由競技で、希望者だけが参加する競技。
ただ椿たち選抜リレーの参加者は希望しても参加できない仕組みだった。
それに文句を言いながら、もともと出る気のなかった唯華と応援席の最前列を陣取る。
「ここにいたら、誰か来るかな。『好きな人』とか言って!」
椿のはしゃぎ声を慣れた様子であしらう唯華。
遠くからそれを見て、それは少し嫌だなと思う清臣。
そしてその隣の太陽は椿と同じようなことを言っている。
「でもちょっと恥ずかしいよなあ。」
「大丈夫だよ、お前が呼ばれることはない。」
「いや、わっかんねーだろ!」
スタートの号砲がなった。
走り出す男子の中にははっさんがいる。
椿ははっさんの名前を大声で呼ぶ。
「葵、こっちだよー!」
呼ばれた葵はギョッとして椿の方を見た。
はっさんは笑顔で手を振りながら走ってくる。
案の定、葵の元へ駆け寄るとそのまま手を引いてゴールへ向かっていく。
葵は耳まで真っ赤にしているが、満更でもない表情である。
「あいつ、絶対言わないな。」
清臣の言葉に太陽は深く頷いた。
お題を聞いてもニヤニヤして隠すはっさんがありありと思い出される。
「気持ち悪いやつ。」
一方の椿たちも。
「あれ、絶対のろける。」
「なんで付き合わないの、あの二人。」
唯華は憎らしげな瞳で二人を見ている。
「あ、次チアだよ。」
椿は競技が終わるのを見ていそいそと立ち上がる。
「忙しいこと。」
「楽しいからいいの。あ、寂しいんだ。」 「少し涼しくなるからいいわ。」
「私が暑苦しいって言いたいの!?」
唯華は『私がしても嫉妬されちゃうだけだもの』なんて澄ました顔してチアはやらなかった。
椿は更衣室で奈乃香たちと着替えを済ませて校庭に出る。
チアと言っても本格的なものではもちろんなく、楽しくダンスするだけ。
運動音痴の椿のダンスは、見ようによってはひどいものだったが、勢いと愛嬌で乗り越えた。
同じダンス素人には、キレがあるだけでもうまく見えるものだ。
「あれ、誰?」
「京極椿だよ、知らねえ?」
向こうから向かってくる同級生ではなさそうな男子が話しているのが聞こえた。
「めっちゃ、かわいいな。でっかいし」
「は……なにが?あぁ……」
きっと椿は嫌いな笑い声。
すれ違いざま、清臣と肩がぶつかり合う。
「あ、さーせん……」
相手は清臣の顔を見て、ごくりと唾をのむ。
清臣はただ静かに相手をにらみつけていた。
「やべえ……あれ、守間清臣じゃん。」
「え、あの……?」
「京極椿と付き合ってんじゃないかって噂があるんだよ。」
「えー、聞こえてたかな。」
そんな声も聞こえないふりをして、清臣は歩いていく。
「あ!」
出番を終えた椿が清臣に満面の笑みで手を振っている。
チアの衣装のまま、目がなくなるくらい口角を上げて笑う椿の表情は、踊っているときの笑顔とはまた違った。
やっぱり、踊っているときの愛嬌は作り物で、こっちが本物。
清臣はこぼれそうな笑みを飲み込む。
「見てた?」
「まあ……」
素直にうん、と言わない清臣を椿は揶揄う。
「私のスター性にやられちゃったか……!」
いつもと変わらない椿は、やっぱり何も知らないみたいだ。
清臣は耳打ちするように椿に言う。
「かわいかったですよ。」
清臣はそれだけ言うと、椿の顔を見ることもなく、場を後にする。
「ん……?お前、暑いの?熱中症?」
はっさんが清臣の顔を見て聞く。
差し出されたペットボトルを断って、清臣は手の甲で口元を隠す。
そうしないと、こみあげてくる笑みを我慢できない。
「え?なにお前、気持ち悪……」
「お前には言われたくねえよ。」
福本葵に話しかけられて鼻の下伸ばしてるやつに。
清臣の鋭い言葉にはっさんは弱気になって言い返す。
「俺はお前の顔が赤いから心配して……」
はっさんは何か気づいたような表情を見せた。
「余計な心配だよ。お前と違ってまだこじらせてない。」
太陽が清臣を呼んでいる。
はっさんの口角が最大まで上がってからかわれる前に、太陽を呼び返す。
『まだ』大丈夫。
でも、俺はまだ、この気持ちを収める方法を知らない。
「椿!……椿、椿……?」
葵が繰り返し呼んでも椿はどこか遠くを見ていて、反応すらしない。
「椿!」
葵が強く肩をたたいて、ようやく目を覚ましたように葵に気づく。
「どうしちゃったの……」
「え……あ、えっと、あの、か、かわいいって……」
「え?」
葵が聞き返す。
しかし、その瞬間椿の体ががくんと傾く。
「イタタタ、痛い……肩が……」
「あぁ、ごめん……!」
顔が暑いのは、きっと強い日差しのせい。
心臓が苦しいのは、たくさん踊ったせい。
なにも、臣のせいじゃない。
着替えを終えた椿は、唯華を探すために、一人早く校庭へ戻ってきた。
校庭を見渡そうと、思わず足を止めたとき、誰かがぶつかる。
「あ、ごめんなさ……」
椿が振り返ってその言葉を失くしてしまったのは、そこにいたのが米山美夏だったからだ。
「本当、自分のことしか見えてないのね。」
「……すいません。」
「見てたわよ、あんたのチア。」
椿は首をかしげる。
深読みしようとしたけどできなかった。
「ありがとうございます。」
米山美夏は椿をにらみつけたかと思うと、嘲笑の混じったまなざしで見る。
「あんた、自分がかわいいってわかってるんでしょ。腹立つわ。」
椿は一瞬呆然とした顔をする。
しかし、すぐに口を開いた――そのとき、「せーんぱい。」という声がする。
米山美夏が驚いたような顔をしてみている。
椿は背後に視線をやった。
「まーだ、椿のこといじめてるんすか。」
人のいい笑み。さわやかなオーラ。視線を引き付ける存在感。
前と変わらない柔らかい目元がそこにあった。
「こんなにかわいいって言われてるんだからそりゃ自覚しますよ。むしろ自覚してないん女の方が俺は嫌いだけど。」
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