椿と体育祭

「手伝ってください、お願いします。」

長い髪が床についている。

それくらい椿の土下座は深かった。

「やめてください。見られたら俺が終わる。」

椿は顔を上げる。

意図しない上目遣いに清臣は言葉をなくす。

「体育祭の準備が終わらないの……」

「そういうのは俺の仕事じゃな……」

椿のうるんだ瞳に清臣は思わず言葉を飲み込む。


「準備って何かと思えば……」

赤色のポンポンを一つ一つ開いていく作業だった。

「完全に忘れてたんだよね。」

「押し付けられたんですか?」

「違うよー。そうだったらよかったけど。」

聞くに、全学年に配布するもので、応援団全体で担当しているそうだから、椿がやらなければならないのはほんの一部。

それでも中高合わせて六学年ある分だと、椿の担当する数は相当数だった。

「応援団ってなにするんですか?」

「いろいろあるよ。まあ、応援だけど、私はチア」

似合う、と思ってしまった。

一人でしかめっ面をしている清臣に首を傾げつつ、椿も黙々と作業を進める。

「そういえば、リレーの順番聞いた?」

高校生にもなると、十分なリハーサルは行われない。

選抜リレーに関しては一発勝負だった。

「臣、アンカーだったよ。」

頷いた清臣に椿は少し驚いたように言う。

「あ、知ってたんだ。」

「いくらなんでもバカにし過ぎですよ。」

椿はぺろりと舌を出す。

「ちなみに私は女子のアンカー。」

「……大丈夫ですか。」

「大丈夫だよ。大会かぶったから陸上部ほとんどいないし。」

本当に気にしていないのか、あっけからんとした言い方だった。

「まあ、陸上部と直接対決して勝つのもそれはそれでざまあみろって感じでいいけど。」

言ってから椿はわざとらしく口をつぐむ。

「それくらいのほうがこっちも安心します。」

嬉しそうに笑う椿を見て、清臣も目元をほころばせた。

「疲れたあ……」

椿は机の上のポンポンを避けて突っ伏した。

「寝ましょう。」

「うん……」

くぐもった声の返事。

ポンポンに隠されて椿の表情は見えない。

寝ているのかもわからない。

そろそろ寝たのかもしれないと思ったとき、椿の小さな声が聞こえた。

「私ね、陸上部で暴力騒動があったとき……」

椿が因縁をつけられて殴られかけたときのことだ。

何かを思い出しているように遠く、そして何度も聞いた泣く前の声だった。

「本当は、わかってたの、やりすぎたって。あの子を蹴飛ばしたとき、それまでの鬱憤が全部、わって駆け巡って、気づいたら思いっきり蹴飛ばしてた。どうして許されたのかわからないくらい……」

清臣は相槌も打たず、じっと椿の話を聞いていた。

椿が何を言うのか知っているその横顔は、悲し気に椿を見つめている。

「ときどき、自分じゃない自分がいて、負の感情全部乗せて暴力的になるときがあるの。そういうとき、自分を止められなくなる。」

明るさの裏にある暗さ。

その暗さが濃ければ濃くなるほど、明るさはまぶしくなって、また暗さは濃くなる。

椿は、よく泣く癖によく笑う。

忙しい人だけど、一緒にいて疲れない。

椿の寝息が規則的なリズムを奏でている。

手伝ってとはいえるくせに助けてとは言えない弱さも、それでもなんとかしてしまうところも、こんなにも無防備に寝てしまうところも、ちゃんとやることは終える真面目さも、涙も、笑顔も、全部が好きだ。

全部が大切で、愛おしい。

肩を流れる髪に触れる。

思ったより細くて、滑らかな髪は清臣の手を滑り落ちる。

二人を隔てるポンポンを退けて、椿の頬に顔を寄せる。

柔軟剤の香りと、椿だけの甘い、赤子みたいなにおいがした。

椿の吐息がかかる。

清臣は動きを止めると、自身の額を手で押さえて深くため息を吐いた。

「ダメだろ。」

椿の頬をつねって清臣は小さく笑う。

「どうしたら、わかってくれるかな。」

許されない恋だということは、わかっている。

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