椿とパレード
ある日の昼下がりのこと。
清臣の部屋のインターフォンが鳴った。
今日は来客の予定もなかった。
一人、思い当たるとしたら――
ドアを開けると、案の定、爛漫な笑顔の彼女がいた。
「みんなが、テーマパーク行こうって!」
最寄りの駅に到着してから浮足立っていた椿だが、テーマパークに一歩踏み入れた途端、その興奮は絶好調になった。
思わず走り出そうとした椿の後ろ襟をつかんで止める唯華。
「こら、走らない。」
「すいません……」
椿は肩をすくめて、おとなしく唯華の後ろを歩く。
いつものメンバーに加えて太陽とはっさんと清臣がいた。
「ガキかよ。」
「うるさいなあ。」
はっさんをにらみつけて椿は、また無邪気な顔をして唯華に「あれがすごい」とか「これがかわいい」とか言っている。
「清臣、こっち見て。」
清臣は太陽に呼ばれて声のほうを見る。
太陽はかわいらしいうさぎのカチューシャをして笑っている。
「似合ってる。」
「かわいい?」
「ああ、見てられないくらい。」
太陽は笑顔のまま、清臣にもカチューシャを渡す。
「はい、お前の分。」
「俺はいいよ。」
そう言っても、太陽は譲らなかったので清臣はしぶしぶそれを受け取る。
太陽に促されてカチューシャをつける。
ふてぶてしい顔に太陽は思わず笑う。
「うわ、全然かわいくねえ。」
「ちょっとゴミ捨ててくる。」
皆が昼食を食べ終えたころを見計らって椿は言う。
「気が利くねー」と葵は笑った。
「あ、俺も行くよ。」
清臣よりも、わずかに早く太陽が言った。
「いいよ、すぐそばだし。」
椿がやんわりと断るが、太陽は首を横に振った。
「迷子になりそうだから。」
「すぐそこだって。」
もう、と怒るそぶりを見せながら椿は笑っている。
だが実際は、皆からごみを持たされたせいで、太陽がいて助かった。
「ありがとう。」
「全然。あ、京極さ、絶叫系のアトラクションって得意?」
椿は頷く。
「割と。」
「俺、『絶叫太郎』乗りたいんだけどさ……」
『絶叫太郎』とは、このテーマパークで最も有名なアトラクションで、日本一怖いジェットコースターと称されるものだった。
「乗ろうよ!」
椿の乗り気に太陽は歯を見せて笑う。
「だよな!でもあいつら乗りたがらねえんだよ。」
「いくじなしだなあ。」
遠くにいるみんなを煽るように言う。
「あとで、一緒に乗らねえ?」
「いいよ。」
椿の笑顔がまぶしいというように太陽は目を細めて笑う。
「えー、なに『絶叫太郎』乗るの?」
「いいよ、お前は乗らなくて。京極と行くから。」
奈乃香の表情が一瞬固まる。
「二人で?」
「そうだけど……お前、乗りたくないって言ったじゃん。」
「言ったけど、それは……あんたをからかうためだから。」
太陽は正直だ。
不満げな色が浮かぶ。
奈乃香は太陽を見ないまま、口をもごもごと動かした。
「椿のこと、好きなの……?」
太陽が立ち止まる。
「は……?え?な、なんでだよ!」
奈乃香との間にできたわずかな距離を埋めて、太陽は言う。
「ふうん。」
「お前、それ冗談でも、ほかの奴に言うなよ。」
奈乃香は太陽を見て言う。
心なしかその肩に力が入っている。
「好きなの?」
「だから、それは……」
太陽がはっきりとした答えを言わないことを察して、奈乃香は少し声を大きくして言った。
「違うなら、別に私がいてもいいじゃん。」
太陽は何も言えずに黙り込んだ。
「それに、守間くんも行きたいって言うと思うよ。」
奈乃香は前を歩く清臣のほうを見た。その隣には椿がいる。
太陽はそれを見て、いつもの笑顔をなくした。
ごまかすように笑ったその笑みは乾ききっていた。
「早く!」
奈乃香が前のほうで叫んでいる。
どうやらパレードの開始時刻間近のようだった。
気が弱い――わけではないけれど、椿は人ごみにもまれてなかなか前に進めない。
清臣はそれを見ると、器用に人ごみを避けて椿の下へ行く。
遅れて気づいた太陽は、その後姿を悲しげに見るだけだった。
椿は困ったように笑いながら、「私舐められてるのかな。」という。
それからはちまきを巻くような仕草をした。
「ここに、こう、京極の娘です!って書いておこうかな。」
清臣は呆れたように笑う。
「俺の仕事を増やす気ですか。」
「たしかに。」
清臣を見上げて笑う椿の、幼くて純粋な笑顔。
「行きましょう。」
清臣はそのまぶしさに、話題を変えるふりをして目をそらした。
椿は周りを見渡すが、奈乃香たちの姿はどこにもない。
「あれ、みんなどこ行ったんだろ。」
歩き出そうとしたその瞬間に、陽気な音楽が流れてくる。
着ぐるみとフロートがいくつも出てくる。
「まあ、いっか。」
椿は動かないと意思表示して、そこから動かない。
「かわいい」
踊るキャラクターを見て笑っている。
清臣は椿からパレードのほうをに視線を向ける。
でも、神経は隣にいる椿のほうに集中していた。
あの日から、ずっと暗闇の中を生きているみたいだった。
それでもいいと思っていた。
今は、見つけてしまった光に手を伸ばしかけている。
知ってしまったら、きっと戻りたくなくなる。
「今日、楽しかったね。」
椿は清臣を見て笑うと、またパレードのほうに顔を向ける。
パレードに負けないくらい輝く瞳から、目が離れない。
かわいそうとか、ムカつくとか、変な意地を張っていた自分がバカらしい。
純粋で、まっすぐな彼女にいつのまにか抱いたのは、憧れと、それに、言葉にできないこの気持ち。
――好きだ。
まぶしいくらいの光と、人混みが熱を高める。
世界の時間が遅くなる。
椿がこちらを見る。
長いまつげ、ぷっくりとした唇、滑らかな肌と、桃色に染まった頬。
そして、光に満ちた綺麗な瞳。
にこりともしない椿が首をかしげる。
その瞬間、時が戻る。
「ごめん、聞こえなかった。」
清臣は短く息を吐いて、少し視線をさまよわせた。
「いや、なんでもないです。」
顔をそらした清臣に椿は戸惑ったように返す。
「そっか……」
なに、その顔。
綾の言葉が思い出される。
吊り橋効果……いや、違う。
そんなことじゃ――
ふいに清臣の手のぬくもりが思い出される。
世界の音が消えて、自分の鼓動だけが耳の中で響く。
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