椿と恋について

「綾って、臣と仲良かったの?」

「まあね、同期ってやつかな。」

綾の瞳が椿を見た。

「なにか不安?」

「え?」

綾はクスリと笑った。

「すごい顔してるよ。」

椿は慌てて口角を上げて笑う。

「私みたいな人間があんなやつと一緒になっても、楽しくないよ。」

「でも、綾が好きな人、話聞く限りは、臣とすごい似てるけど。」

「臣じゃないからね。」

むりむり、と綾は首を横に振った。

「臣と違って気が利くし、優しい。」

「臣も、優しいよ。」

「それは、椿ちゃんだからでしょ。」

そうかな、と笑う椿。

どちらかというと、椿よりも取り巻きの子たちに対するときのほうが優しいけれど。

寝よ、と綾が言って椿も布団に入る。

とはいっても、寝るつもりはない。

「どっちから話す?」

二人は顔を近づけて笑う。

「どっちからもなにも、私は綾の話を聞きに来たんだよ。」

「私も聞きたいよ。」

いいから!と椿は押し通す。

聞きたいなんて言われても、椿には話すことはないんだから。

しいて言うなら、唯華のことくらい。

「なんかないの、椿ちゃんは。」

ないよー、と椿は逃げるように寝返りを打つ。

綾も同じように寝返りを打って椿を追いかけた。

「臣のことは、どう思ってんのさ。」

「出た。」

「そりゃあ、聞くよ。」

椿は体を起こす。

「最近、クラスメイトにもよく聞かれるんだけど、でもね……」

そこで椿は口ごもる。

「なによー。」

と綾は何度か椿の体を揺らす。

「私もさ、そりゃあ恋はしたことあるよ。」

「まあ、そうね。」

「でも、そのときの恋愛感情と臣に対する気持ちは、違う気がする。」

「そうなの?」

綾は考えているのかもわからないくらい、相槌も返事も速い。

「だって、普通は恋とかが介入しないような関係性じゃん。」

「えー、そんなことないよ!」

綾はバタバタと体を動かす。

「吊り橋効果っていうじゃん!」

男女で吊り橋を渡ると恐怖による心臓の高鳴りを恋愛のドキドキと勘違いしてしまって、気がない間柄でも恋愛関係に発展することがあるというそれだ。

「それが続いたら疲れるだけでしょ。」

「じゃあ、臣への気持ちってなんなの。」

椿はまた横になると、今度は枕に顔をうずめて黙り込む。

「なにってばあ、もったいぶんないでよ。」

椿が何か言う。

でも小さすぎて聞こえない。

「なに?」

綾は、今度はやさしい声で聞く。

「申し訳ないっていう気持ち。」

綾は息をのんで、しばらく黙り込んだ。

「そっかあ……まあ、そりゃそうか。」

椿はすっかり重くなってしまった空気を変えるため、明るく声色を取り繕って言う。

「綾が好きな人って、京極の人でしょ。」

「うん。」

「ずっと聞きたかったんだけどさ、その、裏社会というか、ヤクザというか、そういう人と恋するのって難しくない?」

綾はまた即答だった。

「なかなか難しいよ。」

「やっぱそうだよね、なに考えてるかわかんない性格してるもん。」

表の顔と、裏でやってることがマッチしないということもあるけれど、あの人たちの瞳の奥にはもっと深いなにかがある気がする。

「んー、それもあるし。あいつら変に良心持ってるからさ。やっぱり人殺しに負目感じてるっていうか。」

そういうものだろうか。

でも、裏でやってることなんて忘れてしまうくらい、清臣は優しい、と思う。

一瞬、椿の脳裏にあの夜のことがよぎる。

そんな椿の様子も気に留めず、綾は続ける。

「いっそのこと豪さんみたいにサイコパスだったらいいけど、それならきっと好きにもならなかったじゃない?」

椿は激しく頭を上下に振って同意する。

「椿ちゃんには、酷かもしれないけどね、実際そうだよ、みんな。」

どこか重たい含みを持つその言葉を、椿は頭の中で繰り返して飲み下す。

結局、わからなかったけれど。

清臣にも、なにか葛藤があるのだろうか。

そんな思考を絶ったのは、扉をたたく音だった。

と言っても、そこにあるのは襖なのでその音はくぐもっていた。

「起きてる?入っていい?」

その声に椿は顔を明るくして笑った。

「どうぞ!」

姿を見せたのはだいぶ年上だけど、かなりの美人な女性だった。

椿を見るなり嬉しそうに声を上げる。

「わー!椿ちゃん!久しぶり!」

「奈々さん!」

磯崎奈々。京極家における、受付嬢的役割をしている。つまり、本業にはほとんどかかわらない。

ちなみに綾は、家の家事やら家族(ここでいう家族とは京極家の面々のことだが)の面倒を見ている。

奈々さんは可愛らしい声で言って嬉しそうに椿の手を取った。

「ここってほんとに男ばっかでむさ苦しいのよ!椿ちゃん来たら女の子トークできるから楽しくて!!」

そう言われると椿も嬉しくなる。

「私も、茜さんもいるじゃないですか。」

横で綾が不満そうに言う。

『茜さん』というのが誰かはわからない。

椿は小さいころから、組員に面倒を見てもらっていたけれど、知らない人も多い。

「あんたたちも十分男くさいじゃん。」

そうですね、と椿は苦笑した。

「元気そうでよかったです。」

「まーね。病気もなければ出会いもなし。」

奈々さんは大きなため息をついた。

「前に来た時、マッチングアプリ入れてましたよね?」

奈々さんは途端に嬉しそうな顔をする。

「覚えててくれたの〜!!」

「あれ、どうなりました?」

「何人か直接会った人もいたことにはいたんだけど、二回くらいあってみんな会ってくれなくなっちゃった。」

「奈々さん美人なのに。」

奈々はバタバタと暴れながらはしゃいで、綾に白い目で見られている。

「椿ちゃんに言われると百倍嬉しいわね。」

「ここと関係があるってバレないように用心深くなって話が弾まなかったらするからかな。あと、この地域柄もあるのかな……そんないい人いなくて。」

「はぁ……でも、田舎の方が優しい人多そうですけどね。」

「年甲斐もなくはしゃいでるからですよ。」

と綾は冷たく言って、奈々に頭をつかまれている。

これが綾なりのコミュニケーションだ。

「そういう人はもうとっくに同級生とくっついてるのよ。」

奈々は大きくため息をついて持ってきていたビールを喉に流し込む。

「そんなわけで、進展なし。あーあ、私もう30になっちゃったよ。」

綾と椿は顔を見合わせて笑った。

「小さい頃は二十歳で結婚とか思ってたのにな。」

「今時、30で結婚なんて珍しくないですよ。うちの担任なんて35で結婚してますし。」

「そうねぇ……」

あまり励ましにはなっていないようだった。

「ていうか、すぐ周りにいい人たくさんいるじゃないですか。」

「周りって……京極のこと?」

「私たちの大きな話題だったんです。」と綾も続ける。

奈々は小さく笑った。

「若くていいね。」

それはからかっているようだったが、同時に優しくもあった。

「たしかに、性格も収入も容姿も悪くないけどね、あいつらを相手にするのは大変だよ。」

「……やっぱりマフィアとかヤクザって、怖いからですか?」

「世間のイメージ?」

椿が頷くと、そうねぇ、と奈々は宙を仰ぐ。

「それもあるし……私って結構入れ込むタイプだから、大切な人がいなくなった時、耐えられないかなぁって。」

椿は不意をつかれたような気持ちで奈々を見た。

「この世界だと、死って意外とすぐ横にあるもんなんだよ。」

その遠い瞳を見て、椿はふいに察した。

きっと、この京極ではなにかがあった。

綾が言ったこと、奈々が言ったこと。

椿が知らない、何かがあった。

そしてそれが、皆の心の奥底に引っかかっている。


一方、清臣。

「相変わらずだな、綾は。」

清臣の話を聞いて、そう笑うのは内村凪。

綾と清臣の同期の一人で、椿が知らない京極の家族の一人でもあった。

「実際どうなんだ。」

「どうって……相手はお嬢だ。」

簡単に好きになれる相手じゃない。

好き、と口に出さなければ、それが事実になることはない。

俺はただの護衛で、お嬢はボスの孫娘だ。

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