椿と弟

「おかえりなさい、お嬢。」

春休み、椿たちはまた本家の方に戻ることになった。

出迎えの陽太に明るく手を振る椿。

「これ、前に言ってたものです。」

椿はそう言ってお土産の紙袋を渡す。

随分と懐いているようだ。

「ごーう!はやく!はやく!」

可愛らしい声が聞こえる。

椿は隣でクスクスと笑う。

「それなら自分で歩いたらどうですか。」

豪に抱かれた牡丹。なんだかこちらも懐いている。

「ねえね!」

「牡丹、おっきくなったねー!」

椿はそう言って牡丹の頭を撫でる。

ふわふわの髪の毛が揺れる。

「ねえね、こうえん、いこ!」

前よりだいぶ流ちょうに話すようになっている。

これだけ変化しても、牡丹は椿のことを忘れないでいてくれている。

「最近のお気に入りなんです。」

「そうなんですか。」

椿は視線を豪から牡丹に移す。

「じゃあ、行こうか。」

清臣にも友人にも見せない優しい笑顔だった。

「いますぐ!」

こんなかわいい弟の頼みなら何でも聞いてしまう。

「しょうがないなあ。」

「あ、じゃあ俺がついていきますよ。」

陽太がすぐに手を上げる。

豪はご機嫌になって陽太に牡丹を渡す。

「できた部下だな。」

「臣は……」

「行きます。」

即答だった。

「いいんだよ?陽太さんいるし……」

「お嬢の護衛は俺です。」

「そう……」

豪はニヤニヤと音が出そうなくらい笑っている。

清臣はそれを強くにらみつけた。


「……疲れたあ」

三十分もたつ頃には椿はすっかり元気をなくして、公園のベンチで座り込んでいた。

清臣は買ってきたペットボトルを渡す。

「お嬢も、子供相手とは思えないくらい走ってましたけど。」

「だって鬼になったら、牡丹のこと捕まえるわけにはいかないけど、二人も大人げないくらい走るじゃん。」

陽太も清臣も牡丹には甘いが椿には厳しかった。

「思った以上に、足も速かったですけど。」

最初のほうは、と付け加えられて、椿はうれしいのか、そうじゃないのか複雑そうな顔をする。

「私は短距離専門なので……」

清臣は少しためらってから聞く。

「……お嬢は、陸上でもやってたんですか。」

「うん?なんで?」

椿の顔が一瞬曇る。でも、次の瞬間にはいつも通りの人懐っこい笑みを浮かべていた。

「それくらい、速かったので。」

「それはありがとうございます。」

恭しく頭を下げる椿。

「ねえねー!」

牡丹が遠くから呼んでいる。

椿は大きく息を吐く。

「私もう動けないってば。」

困ったように笑う。その瞳はやさしさで溢れていた。

「臣、行ってきてよ。」

清臣は椿を見る。

「大丈夫、ここにいるから。」

清臣はその言葉にうなずいて立ち上がった。


牡丹は、前に帰省した時とは打って変わって、清臣を見て泣き出すこともなかった。

「おみー!」なんて、名前を呼ぶくらいだ。

椿の弟とは思えないくらい人遣いが荒い。……いや、椿もだ。

「おみは、やさしいなー。」

「ありがとうございます。」

殿様のように頷く。この貫禄は育っている環境のおかげだろうか。

「……そろそろ帰りましょうか。」

もう空は茜色になっていた。

「まーだ!あそぶ!かえらない!」

清臣は心の中でため息をついて言う。

「じゃあ、あと一回だけですよ。」

なんだかんだ、清臣は子供の世話が上手だった。

すっかり飽きた陽太は椿と談笑している。

いつのまにか、椿は陽太と仲良くなっていた。

「おみは、ねえねのこと好きなの?」

不意の質問に清臣は勢いよく牡丹のほうを振り返る。

「今、なんて……?」

「ねえねのこと、好き?」

まさか、こんな子供にも見透かされてしまうとは……

清臣はため息を最後に、黙り込む。

考えるときのように口元に手をやって固まっていた。

「おーみ、むししないで。」

清臣は牡丹に向き直って言う。

「そんなことは……」

清臣が否定したと分かると、牡丹は嬉しそうに飛び跳ねた。

「よかったあ!ぼく、ねえねとけっこんできる!」

「は?」

牡丹が京極のほとんどの人にそれを聞いていると知るのはもう少し後のことだった。


「すっかり懐いちゃって。」

清臣の腕の中で眠る牡丹の頬を優しく触る椿。

遊び疲れた牡丹は歩きたくない、と言って清臣にだっこをねだると、帰り道中で眠りについてしまった。

家の門をくぐると騒々しい足音ともに、椿を大声で呼ぶ誰か。

三人は揃って声のほうを向くと、揃って「しー!」と威嚇した。

「え?なに……」

はつらつそうな見た目の明るそうな女子だった。


品川綾。

椿とは同い年で、昔からの仲良しだった。

そして、京極家の一員である。

「あー、ぼっちゃんがおねんねしてたのね。」

綾はそれが清臣の腕の中であることを疑問に思ったのか、不思議そうに清臣を見る。

「仲良くなれたのねー。」

無理だと思ってた!とあっさりという。

「かわいいわねー。」とも。

「向こうが怯えなくなっただけだ。」

清臣はぶっきらぼうに言う。

「ま、将来の弟になるかもしれないものね。」と綾は清臣に耳打ちする。

聞こえなかったのは椿はきょとんしていたが、清臣が不機嫌そうに綾をにらむので、どうせ綾が冗談でも言ったのだろうかと思う。

綾は次に、椿と腕を組んで笑う。

「私、今日ね、椿ちゃんとお泊り女子会するんだあ。」

いいでしょーと、清臣を煽るように言う。

まんまに乗せられて、ムッとする清臣。

「なんなんだあいつ」

清臣は独り言のように言う。

隣の陽太は困ったように笑う。

「まあ実際、臣は、雰囲気変わったよ。」

清臣は驚いたように陽太を見る。

「昔は、そんな風に感情を出したりしなかったでしょ。」

清臣は不思議な気持ちで、腕の中で眠る、椿によく似た牡丹を眺めていた。

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